ピーターおじいさんの昔話

アーサー・ランサム

空中の王国

マーガレット・マーヒー

           
         
         
         
         
         
         
         
         
    
 アーサー・ランサムといえば、イギリスの湖沼地帯を舞台にした『ツバメ号とアマゾン号』などの冒険小説で、日本にも多くの読者を持つ作家なのだが、彼にこんな昔話の再話があったとは! ランサムが新聞記者として赴任した革命前のロシアで採集した二十二編の昔話。
 ピーターおじいさんが幼い孫たちに語って聞かせるお話は、素朴で、おおらかで、美しく、どれも不思議な魔力に満ち満ちている。
 初版が出版されたのは、ランサムが三十二歳のときだというから、まだ後の冒険小説が書かれる前だ。若き日のランサムが、老人の目から語られるこれらの昔話に、目を輝かせて聞き入り、人間の想像力に限りない賛歌を込めてこの本を書いたのはたしかだ。
 昔話を再話するときには、特に作家の構成力が問われるものだが、その点では、ランサムの面目躍如。リズム感のあるこなれた訳文も、読者をひきつけるのに一役も二訳も買っている。子供の頃に読んだことのある火の鳥や魔法の馬の話が、ランサムの手で装いも新たに紡ぎだされた物を読むぜいたく。そう、これはたしかにぜいたくな本だ。
 けれども、自由奔放でスケールの大きいフェアリー・テールが、現代ではもはや見られなくなってしまったのかというと、とんでもない。最近出版されたマーガレット・マーヒーの空中の王国』の九編のお話も、さながらマーヒー自身が魔術師か魔法使いででもあるかのように、めくるめく幻想世界へと読者をいざなってくれる。
 マーヒーは、ファンタジーあり、ナンセンスあり、リアリズムありと、多彩な作風を持つ作家だが、この『空中の王国』は、また、少し趣の異なる短編集で、年令を越えて読者の心をつかむだろう。
 空中ブランコの背後にある、空中の王国へのドアを開けて消えていったブランコ乗りの少女の話。父親と母親が、ひそかに闇の女王と光の女王と取り引きをしたために、それぞれ闇と光とを一身に具現するように生まれ付いた双子の姉妹の話。あらゆるものに橋を架け続け、ついには自分自身が橋に変身してしまう男の子の話。実際にマーヒーの父親は橋梁技師だったそうで、この本自体も、橋造りの子供達に捧げられている。この「橋をかける人」は、マーヒーのお気に入りの一編なのだそうだが、私のお気に入りは、「星の世界から吹く風」と「パーディタとマディー」。
 きっとあなたも、これは「私の」だと思える一編が見つかるにちがいない。 ランサムとマーヒー。時代は違うが、二人のたぐいまれな語り手によるフェアリー・テールに耽溺できたのは、幸せな体験だった。(末吉暁子)
MOE1995/02
テキストファイル化正木千絵