ムーミンパパの思い出

卜ーベ・ヤンソン:作・絵
小野寺百合子:訳 講談社

           
         
         
         
         
         
         
     
 トーべ・ヤンソンが創り出した〃ムーミントロール〃のキャラクターは、もうすっかり日本に定着しました。
 あの一見カバのようなムーミンやスナフキンを知らない人は……特に三十代から下の年齢の人たちには少ないでしょう。トロール、というのは北欧文化圏の魔物?鬼?妖精?といったようなものですが、ムーミントロ-ルとその仲間たちは、ヤンソンさんの創作です。
 でもキャラクターほど、物語は読まれていません。テレビのアニメが終わってから、かなリ経ってるしね。
 そして同じ作家が同じ主人公たちを使って書きながら、これほど読者対象が違うシリーズもほかにない、と思いますが、この二つがあいまって、読者を逃がしているのが現状だと思います。
 『楽しいムーミン一家』から始まる四、五冊は完全に低学年からのもの、子ども向きです。
 でも、本当は冬眠しているはずの冬のさなかに、ふと目が覚めてしまった家族の中で起きているのはムーミントロール一人……そして家族の誰も知らない冬のムーミン谷とそこの住人たちとの触れ合いを描く『ムーミン谷の冬』や、この『ムーミンパパの思い出』はもっと年齢が上の人です。
 うーんと、そう、五年生くらいから思春期の人ね。
 で、この思春期も、人によって始まる時期が違いますから、本当に五、六年生というのはバラバラで、十把ひとからげってわけにはいきません。
 だからまあ基本的には中学・高校生、二十代ってとこでしょうが、その年齢の人たちはいまさら〃ムーミン〃が面白いなんて思ってくれない……というわけで棚に残るというわけです。
 『ムーミン谷の冬』で、ムーミントロールはいつもお父さんお母さんに甘えていた子どもから、はっきリと少年になっていくし、『ムーミンパパの思い出』にいたっては、なんとパパの成長物語なんです。
 つまり、しっぽに番号札を付けられた、孤児院の哀れな孤児だったパパが、いつかぼくは大きくなって冒険家になるんだという固い決意のもと、その孤児院をとび出して放浪し、青年期特有の自意識過剰に悩まされながら多感な十代を過ごし、ママにめぐリ合って……という物語です。
 ね、小学生向きじゃないでしょ?
 成長するってどういうことかというと、肉体的、精神的に成長し、他人を愛し保護できるとともに、必要なときは他人からの保護も受け入れることができ(これって重要よ)、自分の居場所、自分の生きる意義(これはたいてい仕事になるわよね)、自分のパートナーを見つける、ということなんじゃないでしょうかね? ムーミンパパは成熟し、不安や絶望にかられなくなり、ムーミン谷に家を建て、ムーミンママと結婚して子どもを育てるわけです。
 〃みなし児〃が主人公の物語はたいてい〃現代〃だといえます。〃みなし児〃には保護も平和も安定もないからです。ここでも孤児院での虐待はひどく生ま生ましく語られ、読んでいても身ぶるいがします。そういうことが書いてある物語は、いまは〃Y・A〃と言っていいでしょう。(赤木かん子)
『かんこのミニミニ ヤング・アダルト入門 図書館員のカキノタネ パート1』
(リブリオ出版 1997/09/20)