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物語は、「むつゴロウは、だれよりもりっぱに背びれ立てができる、ゆいしょ正しい干潟の大統領である。」で始まる。声に出して読み返すと、或る国の独立宣言を聞いているようだ。(こんなりっぱな大統領がいて、わたしたちはとっても幸せだ)と、住民が口々に呟くのが聞こえてくるようだ。 毎日二回、海は干潟になる。この浅くて広い干潟の海がイサハヤ国。大統領のほかに、補佐役の十二匹の大臣、そしてほかのみんなが住んでいる。誰も侵すことのできない豊かな自然の中、互いに尊敬し合い、いつだって平和で、のんきに楽しく暮らしている。 そんな中でも、いやなことが少しある。泥深く掘った住処をさらう嵐。泥の地面を歩き回って住民をさらってしまう鳥。そして、人間も――。全て外圧。全て天敵。 やがて、人間の手で、海の沖に岩の山脈と鉄の壁が造られる。水がせき止められ、イサハヤ国に満潮が来なくなる。干潟の「干上がり問題」が表面化してくる。散歩をしたりひなたぼっこが大好きでも、まるっきり水がないと干物になってしまう。どうしよう。 イサハヤ国をとりもどすために、天敵でさえある鳥や人間に、命をあづけて援助を頼む、むつゴロウ大統領の決断。大統領の手足となって働く大臣やみんなの献身。「むつゴロウ大統領、バンザーイ!」で、物語は終る。 しかし残念なことに、現実には物語とは逆の結末に直面している状況が巻末に記されている。これは、あの有明海諌早湾干潟問題に題材を採り、政争にもなった処である。行間に著者のあるべき為政者の理想像をにじませて、切ない。生物(いきもの)の声が届くだろうか? 干潟の干拓が生態系に及ぼす影響について、加えて、干潟の「賢明な利用」―渡り鳥の越冬地、浄化作用等―について、山下弘文著「西日本の干潟」(南方新社九六年)に詳しい。併せて読まれることをお奨めしたい。(竹内二三)
読書会てつぼう:発行 1999/01/28
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