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むかし、まだ貧しい人たちが多かったころ、スウェーデンの村のある春の夜、ふしぎなことが起こりました。少女マーリンの願いがかなって、一本の小さな菩提樹の木が、一晩で生えてきたのです。 リンドグレーンといえば、『長くつ下のピッピ』や「やかまし村」のシリーズをはじめ、多くのすぐれた作品によって、世界中の子どもたちの心を捉えてきた作家です。現在九四歳。ファンである私は、いつまでもお元気でと祈らずにはいられません。深い幻想的なもの、面白い冒険物語、子どもたちの活き活きした日常……と、実に多彩な面を持つ作家の全貌は、岩波書店からの作品集で知ることができますが、デンマークを代表する画家スヴェン・オットーによって描かれたこの一冊は、作品集の『小さいきょうだい』の中の一編「ボダイジュがかなでるとき」を絵本化したものです。 両親を病で失った八歳の少女マーリンは、身よりのない老人たちが暮らす「まずしい人たちの小屋」に住むようになります。みじめな生活の中で「美しいもの」をひそかに求めるマーリンは、物乞いに行った牧師館で、誰かが子どもたちに読んでいる言葉を聞きます。 「わたしの菩提樹がしらべをかなで、わたしのナイチンゲールはうたう」 この言葉のひびきと美しさにとらえられたマーリンは、菩提樹が生えることを願って一粒の豆をまき、「信じて、願っていればきっとかなう」と、老人たちにも語りかけます。ラストは読者によってさまざまに受け取られるでしょう。私は、リンドグレーンの本質が現れている、深い慰めの物語だと思います。北欧の空気まで伝わってくるような絵は老人の描き方も含めて秀逸。この宝石のような小さい奇跡の物語は、また「信じ、願う」ことの意味や、言葉の持つ喚起力についても考えさせられます。(きどのりこ) 『こころの友』2001.05 |
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