|
お話の名手として人気者だったサリムじいさんが、突然口がきけなくなった。「言葉の妖精」が離れて行ってしまったからだ。ただ妖精は、じいさんが三月の間に七つの「特別な贈り物」を受け取ることができたら、またしゃべれるようになるだろう、と言い残した。 でも特別な贈り物とは何なのかがわからない。サリムの為に、七人の友人のじいさん達があれこれ贈り物を考える。七種類のおいしい料理、七つの服に七カ所への旅行でも、残り八日となっても、どれも効を奏さな
い。遂に、七日かけて一人一つ、サリムに物語を聞かせようということになる。七人の中には床屋や茶店の主人のような話好きから、元大臣、元囚人までいる。それぞれに個性豊かな物語が始まる…。 「夜の語り部」は、一九五○年代のダマスカスを舞台に、「物語る事、物語を聞く事の楽しさ」そのものを描き出している物語。サリムと七人の友人たちは、単に「七つの短編をつなぐ枠」としてではなく、それぞれ長い人生を生きてきた、 魅力的な「顔の見える」人々として描かれています。中には、悪魔や王子の活躍するアラビアンナイトばりの物語を語る人もいますが、自分の子ども時代や外国での苦労を語る人もいます。そして七人の語るどの話も、「物語は人間同士のつながりがあってこそ命を持つ」ということを感じさせるのです。語る事や聞く事についての賢い言葉の数々(「言葉は水の滴、我々は乾いた土」「話をしないでいると夢までが沈黙する」「言葉は繊細な魔法の花、ほかの人の耳に入って初めて育つ」等)も心に残ります。 そして、「何千という奇跡や…錬金術師や魔術師たちを千年もの間体験し続けてきた」「おしゃべりしながら色とりどりに長い時間かかって織られたオリエントの絨毯のような」ダマスカスの街の魅力が、この本をしっかりと支えています。 香辛料の香りの渦、「大きな口の中の色とりどりの愉快な歯の列のよう」に並ぶ果物、いなくなった山羊が帰って来ることを信じて、山羊の名を呼び呼び靴磨きをしている農夫…。 「靴磨きー。〃うれしい露"、おれはここだよー靴磨きー!」 登場人物の一人が、あるアフガニス夕ン人の語り手を評する言葉が、そのまま物語というものの、そして (アフガニス夕ンをダマスカスに置き換えれば) この本の魅力を言い表しています。「…アフガニス夕ンの事なんて何も知らなかったが…彼の住んでいた通りにおれを連れて行ってくれる。そしておれは嗅いだり味わったり…突然自分とアフガニス夕ンが結ばれてしまうのを感じる。これは奇跡みたいなもんじゃないかね?」(上村令)
徳間書店 子どもの本だより「児童文学この一冊」1996/5,6
|
|