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覚えているなあ、初めて『ナルニア国物語』を手にしたときのこと。 あれは十年以上も前、幼かった娘を歯医者さんにつれていったときだった。 娘が治療してもらうののを待つ間、待合室に置かれた『ナルニア国物語』の一冊『ライオンと魔女』をひょいと手にとって読み始めたら、もう止まらない。娘の泣き叫ぶ声にも、娘にけとばされて歯医者がどなり声を上げるのにも耳っを貸さず、お母さまは一心不乱に読み耽ったのだった。 そうやって歯医者に通うこと数回、残念ながら四冊めの途中まで読んだところで治療は終わった。あの続きはどうなるのだろうか。気になりながらも十数年。もしも、この『ようこそナルニア国へ』という本を、偶然本屋で目にとめなかったら、ナルニア国の最後を知るのは、もう少し後になったかもしれない。 『ようこそナルニア国へ』を書いた B・シブリーは、BBC鰹之のプロデューサー。『ナルニア国物語』や、トールキンの『指輪物語』のラジオ放送を手掛けた人なのだそうだ。彼自身七歳のとき、はしかにかかって寝ていた折にこの本に巡りあって、以来とりこになった一人なんだって。 この本は、ナルニアファンによるナルニア国案内のようなものだ。 全七冊の粗筋にもかなりのぺージがさかれているから、まだナルニア国物語を諏んだことのない人が読んでも、もちろん楽しめる。 同じ挿絵画家のポーリン・べインズが、この豪華本のために新しく描いた何枚ものカラーの挿絵も、この本の楽しみの一つだ。 ナルニアファンにとっては、あの壮大な物語を彩るさまざまなエピソードや道具立てが、決して単なる思いつきではなくて、全部必然性があってうまれたのだと分かる貴重な一冊でもある。 例えば、『ライオンと魔女』のなかで、子どもたちがナルニア国への通路とするあの有名な衣装だんす。 作者のC・S・ルイスは、一体どこから、この衣装だんすを思いついたのだろう。その答えもちゃあんと書いてある。 りんごの木でできたこの衣装だんすには、実はふしぎな出来事が起きるだけのわけがある。そのりんごの木は、屋敷の持ちぬしのディゴリー・カーク教授が少年の頃、ナルニアからとってきた銀のりんごの種から生えたものだからだ。 『魔術師のおい』のなかで、ディゴリー少年は、病気で死にそうな母親に食べさせるために、魔女の誘惑に打ち勝って銀のりんごをもってくる。作中の母親は、りんごを食べてめでたく全快するのだが、現実のルイスの母親はルイスが十歳のときに、癌でなくなっている。「ああ、そうだったのか。銀のりんごは、ルイス少年の必死の祈りの産物だったのか。」と、胸を突かれる思いがした。 ルイスの少年時代からの愛読書が、『砂の妖精』や『ガリバー旅行記』『ソロモン王の洞窟』『ジークフリートと神々のたそがれ』などであったことや、ルイス自身が信仰あついクリスチャンとして、何冊かの宗教的な著書もあるという事実を知ってみれば、なるほど、『ナルニア国物語』は、ルイスが生涯かけて創造した内面世界の集大成だったのだと、納得する。(末吉暁子)
MOE93/02
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