妖精王の月

O・R・メリング 作
辻井朱美 訳 講談社 1995.2

           
         
         
         
         
         
         
     

 夏休みにカナダからアイルランドへやってきたグウェンと、迎えるいとこのフィンダファー、二人は〈ファンタジーを愛する気持ち〉という共通項をもち、探索の旅に出るが、最初の夜にフィンダファーを妖精王にさらわれてしまう。彼女を助けるために、グウェンもまた妖精の世界を行きつ戻りつしながら、アイルランドの荒野や遺跡をめぐる旅を続ける。
 妖精たちの姿やそれを彩る衣装、宴のテーブルに並ぶごちそうの数々の、古風ともいえる緊密な描写は、読者をたっぷり妖精の世界に酔わせてくれるし、アイルランドという土地への憧れも読むほどにかきたてられる。
 また一方で、主人公グウェン以下登場する若者たちが現代を生きる等身大の存在として描かれている(特に、ダーラの口から語られるのはまさに現代アイルランドの社会、経済問題の一端)ことは、作品のもう一つの大きな魅力である。グウェンは同じく妖精を信じる他の人間たちと出会い、助けられながら、妖精の試練を乗りこえ、人のあり方を学び、次第に自信を身につけ、自己主張することを知る。またフィンダファーは妖精王への愛から、命まで賭けられる女性へと変容し、そのことはグウェンにもまた影響を与えざるを得ない。こうしてただのメルヘンチックなものへの憧れを夢見ていただけの少女二人は、それぞれに見事な成長を遂げてゆく。
 ついには、最初は敵と思えた妖精王をもまじえた七人が、さらに手ごわい敵〈狩人・クロム・クルアク〉と戦うことになるのだが、死んだと思われた妖精王が人間として彼女らの前に復活するというラストはなかなかしゃれているではないか。人間が有限の命の存在であるという当たり前のことが、むしろいとおしさをもって読者に呈示され確認を迫って来る。ファンタジーぞっこんの人にも、食わず嫌いの人にもお勧めの一冊である。(岡 桂子
読書会てつぼう:発行 1996/09/19