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今回はキーツの「ゆめ」。この絵本は、見返しの、炎のようなオレンジ色の空から始まります。扉のあと、第一場面を開くと、同じ燃えるような空の下に、アパートの最上階が現れます。文字は、なし。二場面目になって初めて、「そのひは、いちにち、あつかったんだ」と、文章が始まります。ますます赤味をました夕焼け空の下、一番端の部屋の窓から、主人公のロべルトが身を乗り出して、一軒おいた隣のエイミーに、学校で作った 紙のねずみを見せています。次のべージをめくると、すっかり暗くなった空。アパートのそれぞれの窓の中のようすが、鮮やかに浮かびあがります。この場面では、アパートの下の階も見えてきます。そして次の場面を
めくると、真っ暗な窓が並ぶ中、一つだけ、鮮やかな色の窓が…。文章はたった一行、「もう、ゆめをみはじめてるものがいたよ」。 この絵本を見るたびに、いつもまず、この計算され尽くした導入部のうまさに、うなってしまいます。たったの数場面で、夕方から夜へ移り変わっていく暑い一日の終わり、さまざまな人々が隣り合って暮らすアパートの世界へと、引き込まれてしまうのです。そして、暗い空の下でとりどりに輝く 各々の「ゆめ」の美しいこと! 絵本の中盤にさしかかると、たった一人眠れなかったロべルトが、暗い通りを見おろし、友だちのねこが、犬に追いつめられているのを見つけます。すると、窓辺に置きっぱなしになっていた紙のねずみがふわっと落ちて…下の階の「ゆめ」のわきをどんどん過ぎ…落ちるにつれてねずみの影が大きく、大きく、大きくなって…犬は驚いて逃げていきます。このねずみが落下していく四場面も、とてもよく考えられています。内容といったら「ねずみが落ちた」のひと言なのに、画面構成の妙と絵の力のため、息を飲むようなクライマックスになっているのです。 ロべルトはねこが助かったのをたしかめ、「あいつ、たいしたねずみだったなあ」と言って、ようやく眠りにつきます。そして次の朝。 きれいに晴れた、気持ちのいい夏空の下で、ロべルトの窓にだけ、まだ「ゆめ」が浮かんでいます。 この絵本を見ると、木なんか一本も見あたらない街の中にも、ちゃんと人々の暮らしがあって、はっとするほど美しいものもあって、子どもにはわくわくするような秘密がある、ということが伝わってきます。ともすれば「自然から切り放されて可哀想」と言われがちな「街の子」だった私には、そのことがまた、とってもうれしいのです。(上村令)
徳間書店 子どもの本だより「児童文学この一冊」1996/11,12
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