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現代では、ともすれば忘れられがちですが、平和と信仰の自由のために渾身で立ち向かった人びとの歴史がありました。 この作品の主人公、十歳のピーター・ノイフェルト少年の一家もそうした人びとでした。メノナイト派と呼ばれる、徹底した平和主義と無抵抗の思想をつらぬいた清教徒たちです。そうした考えのため、ナポレオン時代のヨーロッパで迫害を受け、プロシャやスイスから追われて、ロシアに定住の地を求めました。そしてウクライナでは、百年の間にこの地方を「ロシアのパンかご」といわれるほど豊かな穀倉地帯にしたのです。 物語は一九一七年、その豊かなメノナイトの村の人びとが、突然ロシアの革命と内戦がもたらした混乱の中に投げこまれるところからはじまります。それというのも、他と隔絶した生活だったために、ロシアの直面する状況に気づくのが遅れたからでした。 しかし、四百年間というもの銃を持たず、一切の暴力を許さず、聖書の「殺すなかれ」と「汝の敵を愛せ」の言葉を守り続けてきた人びとです。盗賊たちの殺戮や略奪、飢餓、チフスなどあらゆる不幸がおそいかかる中で、詩篇を読 み、讃美歌を歌い、祈りへの神の答えを聴き、けっして銃を取ろうとしないその勇気に心打たれます。 やっとカナダのメノナイト派から救援の手が差しのべられ、農地や、病気のため一緒に行けない老人に心を残しながらも、人びとは新しい北米の大地に移住します。 麻疹にかかったため、旅の途中で留め置かれた小さな妹のカーシャが、やがて家族と合流する時にカバンいっぱい詰めこんでいたウクライナのリンゴが、希望の象徴のようで印象的でした。 作者はカナダの作家。祖父母の時代のこの出来事に深い関心を寄せフィクションとして書き上げましたが、貴重な証言でもあります。(きどのりこ) 『こころの友』2000.09 |
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