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絵本や幼い子ども向けの童話が、シンプルで判りやすい物語展開をみせながら、意外な奥行きを感じさせて、大人の心をも魅了することが少なくない。この絵本も、小さな子どもたちが喜びそうな可愛いお話の中に、生命の豊かな拡がりを大らかに描いて、大人も暖かな気持ちにさせられる。 山登りの男が投げ捨てたリンゴの芯をリスが食べ、その種を土の中に埋めると芽が出て木が育つ。リスが通りかかり躓(つまず)いてバケツのミルクをこぼすが、分が植えたことをすっかり忘れている。木はミルクを吸って、どんどん大きくなる。そこに小熊が取っ組み合いの喧嘩(けんか)をして木にぶつかり、木は曲がって泣いていると、お月様が励ましてくれる。擬人化された幼いリンゴの木を主人公に、様々な動物たちとの交流が微笑(ほほえ)ましく、幹にさりげなく描かれたリンゴの喜怒哀楽の表情も楽しい。 幾度もの春を迎え、木は花をつけ実を結ぶ。ところが嵐が来て、せっかく実ったリンゴがみんな吹き飛ばされてしまう。でも、その一つ一つが転がって、森の動物たちの家の前に届けられる。お月様にもリンゴが届くあたりは、なかなかユーモラスで笑いを誘う。訳文とともに、英文も掲載されているので、子どもが理解しやすいようにという、訳者の文章上の工夫の見事さも良くわかる。(野上暁)
産經新聞2000.10.03
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