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ちよっと変わった経歴を持った本だ。七六年に出版されてからまもなく絶版となり、八六年に復刊。その後、年々評価が高まり、ついに九一年十月にはニューヨーク・夕イムズでぺーパーバックのべス卜セラー第一位にランクされて、売り上げ部数六十万部を突破したという。 『リ卜ル・卜リー』はチェロキー・インディアン作家フオレス卜・カー夕ーの自伝小説で、両親を失った五歳の少年リトル・卜リーが、チェロキー族の祖父母に引き取られ、そこで様々なことを学んでいく数年間を描いたものだ。 アメリカ・インディアンの話というと、ケビン・コスナーの『ダンス・ウイズ・ウルブズ』を思い出す人もあるかもしれないが、内容も雰囲気も、正反対だ。インディアンを思いきり美化して、物語をドラマティックにセンチメン夕ルに盛り上げたコスナーの映画とは違って、ここでは山のなかに暮らすチェロキー・インディアンの生活や、インディアンの目からみた白人社会が淡々と描かれている。 祖父といっしょにスイカや卜ウモロコシを植えたり、魚をとったり、山七面鳥をわなでつかまえたり、ウイスキーの密造を手伝ったり、キツネ狩りをしたり、ガラガラ蛇に襲われたり、白人のクリスチャンに小づかいをだましとられたり、行商人のおじさんが珍しいものを持って訪ねてきたり、そういった毎日がゆったりとした時の流れのなかで、ゆったりとつむがれていく。悪役もいなければ英雄もいない。 「夏は終わりを告げようとしていた。そのさまは、末期を迎えた人が残り少ない日々をうとうとと眠って過ごすのに似ていた。太陽はもう、ギラギラと命のたぎる白い光をまき散らさない。おぼろな黄金色の光で午後の天地をかすませ、夏が息を引き取るのをうながしている」 そんな自然のなかで起こる出来事は楽しいときもあり、悲しいときもあるが、そのどれもが温かい光をたたえている。とくに、谷間に畑を作ろうとする貧しい白人一家と、それを助けようとする兵士を描いた「夢と土くれ」という章がすばらしい。 風のささやきも、葉ずれの音も、鳥の鳴き声も、すべてが何かを語りかけているような気持ちにさせられる一冊。 (金原瑞人)
朝日新聞 1992/01/12
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