ルドルフとイッパイアッテナ

斉藤 洋・作
杉浦範茂・絵 1987年5月、講談社

           
         
         
         
         
         
         
     
 今はそうじゃないが、三十年ばかり猫と同居していた。猫と同居していると、いろいろな目に遭う。もうずいぶん前のことになるが、ぼくの家の前に、朝起きるとボール箱が置いてあった。
 「とてもわが家では育てられません。よろしくお願いします。」
 そんなメモまで貼ってあった。ボール箱の中に、生れたばかりの三匹の猫が入っていた。なんと無神経な奴だろう。誰だか知らないけれど、それを置いていった奴を心から呪った。頭に血がのぼる…とは、こういうことをいうんだなと思った。

 ぼくには「猫を飼う」という発想がない。ペット意識を持ったことがない。あくまでも「同居者」として猫を見ている。血統書付きの猫や犬を自慢する人も好きではない。だから物語とはいえ、そこに猫や犬が登場すると何となく身構えてしまう。つまり、ここで取り上げる『ルドルフとイッパイアッテナ』も、実は猫の物語であって、おかげで最初から、匂いを嗅ぐように本の周りを、ぼくの気持ちはグルグルまわっていたということだ。
 (告白すると、実はこの本が猫の物語だと知ったのは、この本を読まねばならぬと決まって、慌てて本屋さんへ行った時だった。今ごろ何を言ってるんだ…と、たぶん作者も、この「一〇〇選」の編集委員もあきれるだろう。いや、ぼくもそもそも、その編集委員の一人なのだから、今頃まで何をしていたのか…と、自分でもあきれているのである。この本に登場する野良猫のイッパイアッテナなら「いやだねえ。教養のない奴は」とヒゲをこするに違いない。だけど、ぼくは児童書の整理係じゃない。好きな本を好きな時に読む…という自分のペースは崩せないのだ)

 「…で、読んでどうだった?」
 こう言ったのは、主人公のルドルフ。
 ルドルフというのは、この物語を書いた猫である。この本は、元飼猫=今は野良猫のルドルフが、チラシや包装紙の裏などに書いて、それを斉藤洋という作家が、ワープロで清書したことになっている。(こんなイキサツを信じる人は少ないとは思うけれど、ルドルフがそう言うんだから、ぼくは信じることにする)
 なぜルドルフかというと、それは七百年前のドイツの王様の名前だそうで、名づけ親の人間がドイツ文学なんかを研究している人らしくって、そうなったらしい。(そういうことはどうでもいいか?)
 さて、ルドルフへの返事。
 「おもしろかったよ。最初はね、ちょっとモタモタとして読み進むスピードが出なかったんだけど、そうだな、東京の町中でいっぱい名前のあるイッパイアッテナに出会って、文字の勉強を始めるあたりから引き込まれていったよ」
 「そういうのって、読後感になってないんじゃないかな? あんた、大人ならもっと具体的に、話すか、書くか、しなよ」
 (そうか。そうだよな。ここは一つ、小学生の読書感想文のスタイルで、ルドルフに答えるしかないか…)

 ルドルフは、じぶんの住んでる町の商店街の魚屋さんに追い払われて、逃げました。トラックがあったので、そこへ逃げ込みました。トラックはどんどん走りました。やっと止まったので降りました。そこはルドルフの知らない大きな町でした。東京でした。そこで強そうな猫に声をかけられました。それがイッパイアッテナでした。イッパイアッテナは教養のある猫でした。字も読めるし、字も書けました。本や新聞も読みました。ルドルフに「ひらかな」や「カタカナ」や漢字を教えました。
 ルドルフは、ブッチーという猫とも知り合いになりました。ブッチーは商店街の金物屋の飼い猫です。イッパイアッテナは、野良猫にはやさしいのですが、飼い猫にはやさしくありません。ブッチーにはすぐ喧嘩腰になります。それは事情があるからです。
 ルドルフは、おしまいのほうで、自分が岐阜というところからきたことを知ります。岐阜に帰ることにします。イッパイアッテナは、ルドルフに最後の御馳走をしようと思って、デビルという怖い犬のところへ肉を分けてもらいに行きます。でも、デビルは、メチャ威張って、イッパイアッテナを馬鹿にします。その上、襲いかかります。血だらけになってイッパイアッテナは起き上がれません。
 イッパイアッテナがとても可哀相でした。ルドルフのため一生懸命に我慢するイッパイアッテナが、泣きたいくらいにやさしい猫に思えました。最後にルドルフは、岐阜に帰るのをやめてデビルに復讐にいきます。ここもとてもよかったです。
 「口ほどにもねえやろうだぜ。二度とこのへんをうろついてみろ。こんどは両耳ちょんぎって、ドラえもんみてえなツラにしてやるから、そう思え!」
 これは、イッパイアッテナの口癖ですが、ルドルフは、いっぺん言ってみたかったのです。デビルをやっつけた時、そう言おうとします。でも、ブッチーが先に言います。ここもとてもよかったです。おわり。

 ぼくは斉藤洋の忠実な読者ではない。この本を読む前に『海にかがやく』(講談社)を読んだ程度である。そこには爽やかな風が吹いている…と感じた。この本を読んで、登場する猫が野良猫であることが気に入った。世間知らずのルドルフに、イッパイアッテナがさまざまな知識と生き方を教える点は、なんだか猫版「ビルドゥングス・ロマン」に感じた。読書感想文でも書いたとおり、ラスト・シーンは胸が熱くなった。デビルへの復讐に「忠臣蔵」が使われているところなどは、この作者の頭の中を覗いてみたい点である。いや、これは作者というより、ルドルフの思想なのかな。(上野 瞭
児童文学の魅力 日本編(ぶんけい 1998)
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