龍は眠る

宮部みゆき
文研出版 1993年

           
         
         
         
         
         
         
     
  我々は身体の内に、そろぞれ一頭の龍を飼っている。底知れ ない力を秘めた不可思議な形の、眠れる龍を。そしてひとたび その龍が起き出したら、できることはもう祈ることだけしかない。……             <本文より>

 この本は、児童文学ではありません。今回の課題本のテーマは、「性に関するもの」ですが、それにもピタッとあてはまっている訳ではありません。部分的に、性に関する私たちへのメッセージが含まれているので、それで課題本に選ばれたのかもしれません。そのことについては、後で少し触れたいと思っていますが、でも、この本が選ばれたことにより、はじめて、宮部みゆきという作家と出会うことができました。とても読後感が良かったので、この作家の他の作品も読んでみたいと思いました。この本のテーマは、超能力を持つ少年と青年の生き方について、と言えると思います。超能力・サイキック・透視・スキャン、高校生である稲村慎司は、自分の持つ力のことをこのように表現しています。フロッピーから情報を読むように、人や物の記憶を読み取ることができるのです。これだけでもう興味津々です。
 この小説は、全て高坂昭吾の語りでつづられています。ある大型台風が吹き荒れる夜に、高坂昭吾と稲村慎司は出会います。嵐に、もまれる二人の描写に、すぐさまストーリーに引き込まれてしまいます。そのとたん、二人が遭遇する衝撃的な事件が起こります。もう活字から目が離せません。誰かが溜まった雨水を流そうと開けたマンホールの中に、ペットの猫を探しにきた7歳の男の子が落ちてしまい行方不明になってしまったのです。道路にころがっていた黄色い子ども用の傘を拾った昭吾は、それを慎司に渡します。その傘に触れ記憶を読み取った慎司は、昭吾に、自分は超能力があって、そのマンホールのフタを開けた犯人が解ることを話します。でも常識人の昭吾が、そんな話を信じるはずがありません。超能力者として生きていくことがどれほど大変なことなのかについても切々と話します。自分の叔母や織田直也のことについてもです。正義感のとても強い慎司は、こんな不用意に危険なことをしでかした犯人をどうしても許すことができず、なんとしても昭吾に信じてもらって、協力を得、犯人を見つけ出したいのです。
 ちょっとひっかかったところ、超能力者として生きていくことの大変さについて、人の心を読めることが、つらいことであること、人の心の中って、そんなに知られて苦痛を与えるほど醜いことを誰もが考えているのかな、ということです。考えるほどに、想像のつきにくいものです。もっと楽しく生きられないものなのでしょうかね。この事件のことが、また後の悲しい事件へとつながって行くのですが、性に関する私たちへのメッセージ、と感じた所ですが。これは、昭吾の持つ心の傷につながるものです。あとの事件で、昭吾たちが助けることになる、昭吾の元婚約者川崎小夜子が、なぜ昭吾と結婚しなかったのか。挙式一ヶ月前の健康診断で、昭吾が子どもを作れない、とわかったからです。小夜子に「私にそんな中途半端な人生を押しつける権利などない」と言われてしまいます。そんなこと無いよね、と私は思いますが。でも昭吾は諸々の葛藤を抱えながらも、結婚に対して臆病になっているのです。とってもいい人なのに、残念です。でも、結末は、ハッピーエンド。三村七恵という素敵な女性と出会うことができ、嬉しくなってしまいました。小説の中に潜む、ユーモアや、作者の意図又は教 訓を、楽しみながら読むことができなした。(岩井准子
たんぽぽ17 2000/04