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 児童文学の特性のひとつが、その向日性にあるとするなら、ジョディの旅』 (コリン・シ-ル作、沢登君恵訳、ぬぷん児童図書出版、一二三六円)は、読者に生きる勇気と励ましを与える典型的な児童文学作品といえる。舞台はサウスオーストラリア州のアデレードヒルズという丘陵地帯にある架空の田舎町。まもなく十二才の少女ジョディは、才能と名馬に恵まれ、ポニーの障害飛越選手権大会で優勝するが、その翌日から身体の節々が激しく痛み始める。昨日の活躍ぶりを見ている家族からはあまり深刻に取り合ってもらえないが、実はリュウマチ性関節炎のウイルスが確実に彼女の身体をむしばみ始めていたのだ。日夜激しい痛みに苦しめられ、身体は変形し、自由に身体を動かすことさえできなくなる。もちろん馬にはもう乗れない。つらく苦しい闘病生活が続くが、愛馬モナークの存在と家族や友人の愛情に 支えられ、彼女は生きる希望を失わない。発病して二年ほどたったある日、ジョディがたまたま学校を休んでひとりで家にいた時、四十度を越す猛暑と強風の中で、アデレードヒルズにブッシュファイアーが発生し、ジョディの家の近くまで燃え広がる。ジョディは不自由な身体で車いすをあやつり、モナークを連れて逃げる。ところがダムまであと一息という所で、恐 怖にかられて疾走していく他の馬たちに刺激されたモナークは、ジョディの車いすを倒して逃げ去る。そしてその直後あたり一帯が炎の海と化した。主人公同様にリュウマチ性関節炎に四十年間苦しんできた作者が、乗馬の大好きな作者の娘から馬の世話や訓練の仕方、障害飛越選手権大会の様子などの知識を得て、一九八三年二月に実際に起きたブッシュファイアーを題材にして描いた作品。病気に苦しむジョディと彼女をとりまく家族や友人との愛の物語であるとともに、ジョディと愛馬モナークの心の交流の物語。そして単に愛の物語であるだけでなく、自分の運命を「人としてしなければならない旅」として受け入れて生きていこうとする作者のメッセージが鮮明に伝わってくるさわやかな勇気の物語。
 ッキー・ドラゴン号の航海』(ジャック・べネッ卜作、斎藤健一訳.福武書店、一四00円)も、現実を下敷きにした勇気と行動カの物語。こちらはべトナム戦争に敗れた後、国を追われた旧南べトナムの難民の家族が、盗み出した小さな漁船で、飢え、嵐、海賊、サメ、鯨など次々と迫りくる危険や恐怖をのり越えて、オーストラリアに漂着するまでを語る。海洋冒険小説のスリリングな面白さを味わわせながら、極限状況下の人間が見せる強さと弱さ、勇気と恐怖心などを描き出しているところが興味深いが、背景の現実に目をうつす時、胸のふさがる思いがするとともに、放置できない問題がそこにあることをあらためて感じさせられる。
 しさ』 (シンシア・ラインライト作、桐山まり訳、新樹社、三一○○円)は、最近はやりの片親家庭を扱った作品だが、これほど個の主張を鮮明に打ち出した作品は珍しい。母子家庭の十五歳の少年チップは、ある日突然母から、母が妊娠しており、その子を生むかもしれないと告げられる。驚きとまどい「本気なの? ……お母さんだけの問題じゃないんだよ。ぼくの問題でもあるんだから。ぼくにだってかかわり合いのあることなんだから」と言うチップに、母親は「でも、妊娠することになったもとは私の問題だし、……妊娠してるっていうことも私の問題よ。それに、どうするか決めるのも私の問題だわ。……私の人生はあなたのものじゃないのよ」と言い放つ。また妻子を捨てて家を山ていくような「最低のやつ」との間に自分を生んだと母を責めるチップに、母親は「あなたのお父さんが選んだことは、彼の問題よ、チップ。彼がなにを選ぼうと、私が責められる覚えはないわ」と言う。思春期の少年が苦悩しながら、他人の人生の存在に開眼し、他人に対する優レさを示せるほどまでに成長する過程を描いた作品。(南部英子)
読書人1990/12/10