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 七月末から旅行にでかけ、カナダのバンクーバーには一〇日ほど滞在してきた。同市の最新の観光スポットのひとつが、オープンしたばかりの(一部工事中の)バンクーバー公共図書館中央館だった。まず全容に度肝を抜かれる。巨大な半月型の建物は、半分に切った古代ローマのコロシアムといった雰囲気で御影石とガラスが印象的だ。地上九層階のうち、七層が図書館で延べ三万二千平方メートル。残りの二層階も将来的には図書館になるとか。蔵書数は百万冊あまり(パンフレットより)。これに匹敵する規模の図書館はほかにもあることだろう。でも、これで市立図書館だと言われると本当にびっくりする。
わたしがいちばん関心を持ったのは、一二歳までの子どもをサービスの対象とする児童部門だった。ほかの階同様ここにもコンピューターがあるが、(検索用端末を除くと)どれも親子や複数の子どもたちが、図書館が用意した各種ソフトで遊ぶためのものだった。また「夏の読書クラブ:ファンタジー飛行」という催しでは、子どもたちに読んだ本の冊数を競わせていた。この種の活動は今世紀初頭のアメリカから始まったと思うが、バンクーバーでもしっかり定着している様子だった。読んだ本の作者名・書名を記入する折り畳みの小冊子及びワッペン、しおりには、アン・ド=グレースという人の魅力的な挿絵が使われている。(お見せできないのが残念。)壁には大きな竜の絵が貼られ、子どもたちはそのうろこの一枚に、自分の好きな本を書く権利をもつ。うろこが埋め尽くされれば、竜が退治される!仕組み。図書館では「怖い話」とか「タイム・トラベル」などの主題別リストを作成しているが、別にその中から読ませているわけではない。また、子どもたちに読書感想文を書かせるというような野暮もしない。読書クラブ活動は あくまでゲーム感覚が身上で、読書を楽しんでもらうための一方法だということを強調して置きたい。
次に児童書店を二箇所訪れてみた。同市で子どもたちに今もっとも人気あるのが「グースバンプス」(鳥肌)シリーズというホラーもの。これが大人にしてみれば子どもに読ませたくない本の典型で、売れるために書店としては無視できないものの、店員たちの頭痛の種になっている様子だった。また英米で人気急上昇中のネズミ版の剣と魔法の物語「レッドウォール」シリーズも、よく売れているとか。こちらは文章にこそ英雄詩もどきの重々しさ(と、コミカルさ)があるが、ファミコン・ゲームをノベライズしたような感じである。と、帰国後ここまで書いてから、何気なく地元の書店へ行って驚いた。あの悪名高き「グースパンプス」三冊が海外文学の棚に並んでいたのだ。とりあえず『死の館へようこそ』(R・L・スタイン作、豊岡まみ訳、ソニー・マガジンズ、六五〇円)だけ読んでみたが、ミステリーやサスペンスと違ってホラーが大の苦手のわたしは一冊で降参!
最後に今月のお勧め本を。R・E・ハリスの「ヒルクレストの娘たち」の四冊目『グウェンの旅だち』(脇明子訳、岩波書店、二四〇〇円)は中学生以上にぜひ。ただし今月の収穫は西原恭平『ぼくらはカッチョブー』(偕成社、一〇〇〇円)とロッドマン・フィルブリック『フリーク・ザ・マイティ』(斉藤健一訳、講談社、一四〇〇円)に尽きる。二冊ともノリのよさは抜群。西原の本は日常スケッチの中にきらりとユーモアが光る連作短編で、新人らしからぬセンスを買う。一方フィルブリックの本は、口当たりの良さにだまされてはいけない。学習障害をもつ主人公マックスと身長が七〇センチしかないケビンの友情もユニークだが、ふたりを取り巻く人々も一筋縄ではいかない連中ばかり。そしてマックスの語りを通して、四歳のときに遡る彼の心の傷までもが明らかになる。全体としてマックスの成長物語になっているが、実はそれ以上に<含み>があると、ご承知あれ。
読書人 1995/08/25
           
         
         
         
         
    

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