子どもの本を読む

1990.06.26

           
         
         
         
         
         
         
    
 絵本の面白さを言葉で表現するのは難しい。素晴らしい絵本であればあるほど、「とにかく実物を見てくれ」として言いようがないのだが、今回はそうした魅力にあふれた絵本を集めてみた。
 「たにむらくん」(岡本けん)は、新人の処女作。表紙の男の子の顔の上に〈たにむらくん〉とあり、本をひっくり返すと女の子の顔の上に〈たちばなさん〉とある。すなわち、これは谷村くんによる橘さんへの大純愛、そして大失恋の物語なのである。
 橘さんから背の高い人がいいと言われ、毎日牛乳を1リットルずつ飲み続けたり、頭のいい人が好きと言われて懸命に勉強する谷村くんの姿はまさに涙ぐましい。子どもの心のレンズに映し出された光景をそりまま写し取ったような大胆で自在な構図は、ストレートな迫力もしくはペーソスに満ちており、谷村くんの心情を伝えずにはおかない。読者はそれぞれの体験を重ねながら、谷村くんの努力に声援とため息を禁じ得ないだろう。
 「まえむきよこむきうしろむき」(鈴木まもる)は、小さなテントウ虫から大きな新幹線まで、実にさまざまなものの前向き、横向き、後ろ向きの姿を並べて見せてくれる、一種のアイデア絵本とでも呼ぶべきものだが、並べるものの選び方や配慮が絶妙で、この絵本を見て表情を崩さない人は、まあ珍しいだろう。
 とりわけ、前と横からの姿は割合おなじみなのだが、後ろから見た形が加わることによってこんなにもイメージが広がるというのは大発見だった。
 「なあくんとりんごのき」(神沢利子、山内ふじ江)は、以上2作に比べると、文章のメッセージとが占める割合がぐんと大きいタイプの絵本だ。見開きの右に絵、左に文というパターンを通していて、構成としてもオーソドックスである。アナグマの男の子が父さんに抱っこされている朝の場面から始まるのだが、この父と子の会話がいい。父さんは自分も子どものころ、父さんからだっこしてもらった話をし、「父さんというのは昔から男、母さんは女と決まっている」という話になる。アナグマの子が自分の小さなリンゴの木に水をやりに行くと、ハチが花粉をつけているところに出くわし、またリンゴの親木に巣を作っている親鳥がひなたちに食べ物を与えている光景を見る。
 全編が命への慈しみといったテーマに満ちているが、それも理屈っぽくも感傷にもならずに、しっとりとした展開になっているのはさすがだ。油絵の重厚さを生かした絵もストーリーとマッチして、この絵本の格調を高めている。
 他には「こぶたたんぽぽぽけっととんぼ」(馬場のぼる)「ねずみのきょうだい」(なかえよしを、上野紀子)が楽しい。
 「こぶた…」し、この作者の「ぶたたぬききつねねこ」に始まるしりとり絵本シリーズの第3作。しりとりを信仰させながら、展開していく様は相変わらず見事だが、今回は全体が子どもの遊びの世界で統一されているという……で、出色の出来映え。
 「ねずみのきょうだい」は公園の遊具を独り占めするネコに対抗する、ネズミの兄弟たちの話。最期、ネズミたちが知恵を絞って意地悪ネコをぎゃふんといわせる場面に、年少の読者たちは心から拍手を送るだろう。

藤田のぼる=児童文学評論家)
〈本のリスト〉
 「たにむらくん」(岡本けん作、リブロポート)△「まえむきよこむきうしろむき」(鈴木まもる作・絵、金の星社)△「なあくんとりんごのき」(神沢利子作、山内ふじ江絵、あかね書房)△「こぶたたんぽぽぽけっととんぼ」(馬場のぼる作、こぐま社)△「ねずみのきょうだい」(なかえよしを作、上野紀子絵、ひさかたチャイルド)

1990.06.26
テキストファイル化妹尾良子