子どもの本

藤田のぼる

           
         
         
         
         
         
         
    
いまの子どもたちにとって、「自分」というものと確かに出会うことはとても難しい。もちろんどの時代にあっても、本当の自分などというものは一種の幻かもしれないが、いまの子どもたちはむしろ本当の自分というものと出会うことを避けたいのではないか。他者とのぶつかりあいの中で、等身大の自分に向き合うことに慣れていないから、一方で幻想の自分がどんどん肥大化していく。
自己肯定と自己否定のバランスの悪さは、思春期には不可避なことかもしれないが、やはりいまの子どもたちの、あまりのうたれ弱さのようなものは、時代に特有な問題という気がする。
とはいえ、彼らは彼らの回路を通じて、自分というものとの向かい合い方を学習していかなければならないわけで、今回はややバーチャルな道具だてを使いながら、いまの子の自己回復というテーマに挑んでいる二つの作品を紹介したい。

『メールの中のあいつ』(赤羽じゅんこ・作、長谷川集平・絵、文研出版、1300円)
勉強はできるが、周りとのつき合い方が下手で、クラスからは浮いた存在の祥太がはまっているのはパソコン通信。しかし親しいメール仲間の一人から会いたいといわれ、困ってしまう。メールでは、実際とは大違いのバスケット部のエースということになっているからだ。
そんな折、パソコンが得意だからとクラス新聞の委員を押しつけられ、ようやく作ったプランは、「本当の気持ちが出ていない」と担任から拒否される。本当の自分とはなにか、本当の気持ちとはなにか、クラス内の人間関係とパソコンでの交友をからめながら祥太が少しずつ変わっていく展開は、ややパターンという感じもなくはないが、祥太を含めた中一の少年少女の描かれ方にはリアリティーがある。

『乗り合いUFO』(牧野節子・作、東逸子・絵、大日本図書、1238円)
五年生になった雅樹は、夏美を異性として意識しだすとともに、幼稚園からの友達の卓郎をかなわないライバルとして敬遠するようになる。
初めて塾をさぼった日、公園で不思議な老人から、星座にまつわる話や、乗り合いのUFOがあるという夢のような話を聞かされる。その影響もあり、夏休みの自由研究では星のことを調べ、特賞に輝いた雅樹だったが、やはり夏美の心は卓郎に向いていた。
老人の語る夢の世界を共有することで、自分というものの手ごたえをつかんでいく雅樹の心の動きにはオリジナリティーがある、またちょっとひねったラストも含め、少女小説的な魅力も見逃せない。2001年(平成13年)2月25日(日曜日)
テキストファイル化 矢可部尚実