子どもの本

藤田のぼる
東京新聞

           
         
         
         
         
         
         
    
夏休みに海に向かわれたご家族も多いと思うが、この四方を海に囲まれた日本で、存外海にまつわる児童文学作品というものが少ない。これは、大人の小説でも同様だろうが、戦争文学は別として、同じ島国のイギリスに比べて、海洋文学といえるものは、量の上でも質の上でも明らかに貧弱である。
 僕自身を考えても、いまだ船らしい船で航海した経験はなく、ヨットセーリングなどもごく一部の層に限られているわけだから無理もないのかもしれない。
 そんな折、夏に合わせてということもあるだろうが、スケールの大きい、海を舞台にした二つの作品に出合った。手法はまったく異なるが、それぞれに「(読者を)連れていってくれる」物語である。

『青い惑星』
(長崎夏海・作、鈴木びんこ・画、学研、一二〇〇円)
 舞台はサイパン。不登校で不眠症にも悩む六年生の美有(みう)に、「自称小説家」の叔母の冴が突然サイパン行きを言い出す。二人用の安いパックがあるのだという。気乗りしないまま同行したものの、機内で読んだガイドブックで戦時中のサイパンの悲惨な歴史を知り、ますます気が滅入(めい)ってしまう美有。しかし、冴に強引に誘われて始めてみたスキューバダイビングの楽しさ、海の魅力は、そんな美有の気持ちを、しっかりと受け入れ、溶かしてくれるものだった。
 心にうっくつを抱えた少女が、南の海で癒(いや)されるという美有のためになにかをしてあげるという姿勢ではなく、自分の気持ちに忠実であることで結果としてメッセージを発している冴の姿が、海中の描写とともにくっきりと印象に残る。

『海へ帰る日』
(小池潤・作、理論社、二二〇〇円)
 近未来SFとでもいうべき作品世界で、冒頭シーンの舞台は、JR京葉線の新浦安駅。塾帰りの二人の中学生が駅前の自販機にコインを入れると「当たり」となり、?のマークを押すと、「TEST CASE」とプリントされた缶が出てくる。佑也がそれを飲んだことがすべての始まりだった。それは、地球の温暖化を憂慮するグループによって、海中で生きられる人間をつくるために開発された飲料だった。戸惑う佑也の前に、同じ飲料を飲んだ仲間が次々に現れる。
 SF的設定を借りた青春文学とも読めるし、それぞれの家族の物語としても読むことができる。また、ディズニーランドや幕張メッセを抱える京葉線沿線という人工的空間を舞台にした文明批判の物語としても読めるが、ともかくも一気に読めてしまう大長編である。

(東京新聞2001/08/26)
テキストファイル化山口雅子