絵本ってオモシロイ

07.絵で物語る

米田佳代子

           
         
         
         
         
         
         
     
 絵本の編集を職業としていると、「なにかいい本教えてよ」とか「どういうのがいい本なの?」ときかれる事があります。そんな時は必ず、「自分が心から好きだって思えればそれがあなたにとっていい本なんじゃない」と答えることにしています。けれど「それでも!」とつめよられた時には、相手にとって適当と思える書名をあげるようにしています。でも、どんな本が‘好きか’と問われれば、答えはまだ簡単。
 その時々の状況に応じて、このコーナーで取り上げた本などの書名を言ったりする訳です。
『かさ』(太田大八作・絵/文研出版)もそんな本の一つ。
 子どもの日常を描いた本の中で、これ程普遍性があり、かつまた色々なイメージを呼び起こしてくれ、そして絵本としての構成も見事な作品は少ないのではないでしょうか。
 これは、女の子が、お父さんの大きな黒い雨がさを持って、自分は小さな赤いかさをさして、駅までお父さんをむかえに行くというお話です。文章はありませんし、使ってある色も黒と赤の二色(それに紙の色の白と中間色の灰色もあります)。
 言葉が全くないのに、女の子の姿や街の風景から、この子の気持ちの移り変わりがよく分かります。絵だけで少女の日常のいっときを切りとって、普遍化しているとでも言えるでしょうか。
 場面の構成もまことに見事です。子どもの歩く速さで本のページを開いていけるし、少女が立ち止まる所では読者も一緒に立ち止まります。そして少女と一緒に感動したり、好奇心を持ったりするのです。
 それから、アップとロング(近景と遠景)、そして俯瞰図を自由自在にしかも効果的に使いながら、物語を展開させている点も見事です。
 第三者の視点、少女の目の高さ、の二つを使い分けることによって、生き生きとしたリズムを作り出しています。
 イメージの豊かさとは、何も超自然的なものを見る力とか、奇抜な想像力だけにとどまるものではない、という、あたりまえのことを、この絵本を見るたびに教えられる気がします。
 「絵で物語る」という、絵本づくりの、ある一つの原点にしっかりと立ち、そこから、もっと広い世界に扉を開いている、それがこの『かさ』という一冊です。
 絵本づくりに行きづまった時、新入社員に「絵が語る・絵が動く」面白さは、こういう日常のひとこまを描いた絵本にもあるのだ、ということを伝えたい時、私はだまったこの絵本を広げてみます。
 何度開いても、何度見ても、そのたびごとに、はっとさせられる、私にとってそんな絵本なのです。
福武書店「子どもの本通信」第9号  1989.10.20
テキストファイル化富田真珠子