コドモの切り札

(13)

モノがたりの魅力

甲木善久
           
         
         
         
         
         
         
         
     
 年末回顧とか、今年の十大ニュ-スだとか、この時期になると過去を振り返ろうとするのは、どうやら、この国の文化の習性であるらしい。
 というわけで今回は、年の瀬にふさわしい、懐かしさの濃縮コンクシロップのような本の話をしようかと思う。当コラムは文字数も少ないのでイキナリ行くと、つまりぼろし小学校』(串田努著・小学館)である。
 「百万人の学校モノがたり」という帯の文句が示すとおり、これは昭和四十年代を中心とした、小学校および小学生のB級文化の記録だ。たとえば、象が踏んでも壊れない例のアーム筆入れや、さまざまな所に小賢しい工夫の施された電子ロック筆入れ。あるいは、みかんのネットに入れられて水道の蛇口に吊されていたレモン石鹸。包み紙に一行豆知識の印刷されていた四角いマーガリン。駄菓子屋のあやしげで魅力的なお菓子。
 エ作の後しばらく手がクサくなる油ねんど。替え歌。ピアニ力。デコレーション学習机。そしてトドメはフラッシャー付き自転車でどうだ!といった具合に、それはもう驚くばかりの、緻密な資料の嵐なのである。
 文章と写真と絵で構成された、この濃厚な原液のような本を読んでいると、実にまあ、あの頃のことを思い出す思い出す。とてつもなくマズかったあの給食。こぼした牛乳を拭いた後のぞうきんの匂い。嫌だった宿題・・・。
 こうしたリアルな触感がよみがえってくるのは、この本が登校時から放課後まで、生活の細部にわたるモノをぎっしりと詰め込んでくれたおかげである。モノを蝶介することで、それらに触れた身体の記憶が目覚めるのだ。
 この本を挟み、夫婦・親子でワイワイやりながら除夜の鐘を聞くのも、結構イイかもしれない。
西日本新聞1996,12,29