【児童文学評論】 No.223
 http://www.hico.jp
   1998/01/30創刊
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以下、三辺律子です。

『あたらしい名前』ノヴァイオレット・ブラワヨ著、谷崎由依訳 早川書房
 作者ブラワヨは、デビュー作である本書でジンバブエ人として初めてブッカー賞最終候補入りを果たした期待の新人である。最近はナイジェリアのアディーチェなど高い評価を得るアフリカ出身の作家が出てきているが、ブラワヨも渡米し、大学教育を経て、冷静な視点で故国を描く。その作品は決してアフリカの窮状を訴えるプロパガンダではなく、あくまで「小説」として輝いている。
 ブラワヨのオリジナリティは、政治的経済的に混迷を極める故国を子供の目を通して描いたところにある。主人公の少女ダーリンは、祖母と母親とパラダイスという皮肉な名前のついた貧民街で暮らしている。南アフリカに出稼ぎにいった父親は行方不明で、友だちのチポは、わずか一二、三歳だというのにレイプされ、妊娠している。学校は閉鎖され、大人たちは貧困と政府の弾圧に喘いでいる。
 しかし、子供たちは学校のない日々を満喫している。白人富裕層の暮らす街までいって庭の果物を失敬したり、NGOの人々のご機嫌を取って支援物資をせしめたり、自分たちで編み出した「国盗りゲーム」をしたり。国盗りゲームで、人気のないのは「コンゴとかソマリアとかイラクとかスーダンとか(中略)しみったれた国」、そして一番人気は「世界に君臨するボス猿」アメリカだ。ダーリンは、アメリカに住む叔母に引き取られる日を夢みている。
 後半では、実際にアメリカに渡ってからの日々が描かれる。最初、ダーリンは文化・習慣の違いに戸惑う。次々通販の品物を購入する叔母、iPodを手放さない従兄、ダーリンが聞き分けのない子供を罰として殴っただけで、ショックを受けるアメリカ人たち。しかし、そんな生活に徐々に慣れ始めると、今度は故郷との距離が広がっていって、切ない。
 政治も世界情勢も知らない子供は、目の前にあるものを抽象化したり解説したりせず、ありのまま描写する。そこから立ちあがるリアリティが、ジンバブエの現状を、そして移民たちの心情を、鮮やかに浮かびあがらせている。(2016.10.2.産経新聞掲載)

【追記】
 今日は、自慢を一つ。先日、トークイベントで大阪に行ったところ、BOOKMARKで紹介した本を並べるフェアを展開してくださっている書店さんから嬉しい話をうかがうことができた。4号の非英語圏の文学の特集の際、これまで取引のなかった出版社数社から初めて本を取り寄せ、しかもそれがよく売れたというのだ! 嬉しい! かなり!
 上記で紹介した『あたらしい名前』もジンバブエの作者による本。でも、こちらは英語で書かれているので、よく考えたら、「英語以外で書かれた本」という4号の特集からは漏れてしまう(のに、今気づいた。先月は間違えてました、すみません)。だからいつか、「母語以外で書かれた本」を特集するのも面白いかもしれないと、金原さんとお話ししている。ジュンパ・ラヒリ、イー・ユンリ−。ジュノ・ディアス・・・・・・。
 6号は、「明日が語る今日の世界」。ディストピア小説やSF「ふう」の作品を取りあげる予定です。よろしくお願いいたします。

〈一言映画評〉 三辺律子 *公開順です

『ジャック・リーチャー NEVER GO BACK』
トム・クルーズが元米軍秘密捜査官のジャック・リーチャーを演じる『アウトロー』の第二弾。「トム・クルーズのアクション映画」が好きな人ならば、満足。(スタントもほとんど使わず、プロデュースも手がけ、一線にいつづけるトム・クルーズのプロ意識はすごいと思う。わたしに誉められても嬉しくないと思うけど)

『湾生回家』
 日本の統治時代に台湾で生まれ育った「湾生」たちの里帰りを撮ったドキュメンタリ。彼らの台湾への想いや当時の思い出から、歴史の一面が浮かびあがる。いや〜、わたしは湾生の一人、冨永さんの大ファンになりました。試写会場でも何度も笑いを取っていました(観てくだされば、わかります)。

『マイ・ベスト・フレンド』
 幼なじみの親友同士の二人。けれど、一人が乳癌になり・・・・・・。ちょっとセンチメンタルかなー。でも、ドリュー・バリモアがとても魅力的。ちなみにキャサリン・ハードウィック監督の作品なら、スケートボート・チームを描いた『ロード・オブ・ドックタウン』が最高の青春映画です。

『灼熱』
 クロアチア=スロベニア=セルビア映画。
クロアチア紛争が始まった1991年、紛争終結後の2001年、現代の2011年、それぞれを舞台にした、様々な形の愛の物語。まったく別々の物語だが、同じ俳優たちが演じているためか、ふしぎな既視感を醸し、ひとつのまとまった映画となっているのが面白い。

『エヴォリューション』
 最初は母と幼い息子の物語かと思いきや、二人が離島で暮らしていること、その離島には同じ母と息子というペアの家族しかいないことなどがわかってきたあたりから、不穏な空気が漂い始める。幻想的で、気味が悪くて、グロテスクで、わけがわからなくて、妙に惹きつけられる。すごい!

『ハンズ・オブ・ラブ』
 警察官のローレルと自動車修理工のステイシーは恋に落ち、同居を始める。が、ローレルが末期がんであることが判明。ローレルは遺族年金をステイシーに残したいと願うが、法律上、同性のカップルには認められていなかった。
 職場での人望も厚いローレルなのに、ゲイだとわかった彼女の支援に二の足を踏む同僚たち(職場の無言の圧力)。この後、2015年に(たった一年前だったっけ!)アメリカ最高裁は同性婚の権利を保障する判決を下した。
 ジュリアン・ムーアとエレン・ペイジが好演してます。

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ぼちぼち便り◆ *作品の結末まで書かれています。

10月の読書会は『ハーレムの闘う本屋 ルイス・ミショーの生涯』(ヴォーンダ・ミショー・ネルソン/著 R・グレゴリー・クリスティ/イラスト 原田勝/訳 あすなろ書房 2015年2月)を取り上げました。ハーレムで黒人専門書店を経営したルイス・ミショーの生涯を、架空の人物や著者の想像を交えながら描いています。

読書会のメンバー全員がおもしろかったという感想で、ルイス・ミショーのことを初めて知ったとのことでした。まず、多くの人からルイス・ミショーのことが、本人のみでなく、周囲のさまざまな人物や書類、写真、雑誌の記事などによって紹介される編集方法がおもしろかったということが挙げられました。そして、それが短くて読み易さにつながっていると思った、多面的にミショーが浮かび上がってくるので深みが増した、著者がミショーについて徹底的に調べていることによってドキュメンタリーの持つ説得力を感じた、などの感想が寄せられました。

加えて、マルコム・Xやキング牧師について自分の持っていた偏見に気づかされたという意見も出ました。差別をされている当事者からの視点の大切さを述べた人もいました。ミショーの家族では、キリスト教の長老として、複数の教会を運営し、財を築きあげた兄ライトフットが印象深かったという意見がでました。ミショーとライトフットの複雑な関係、宗教に対する考え方の違い、遺産問題など、一つの家族の物語としても読むことができます。

さて、ミショーは、40代半ばまでは、留置所に入ったり、兄の仕事を手伝ったり、危ない仕事に手を染めたりしていましたが、44歳で本屋を始めます。そして、60歳で父親になります。それを知って「人生いつでもやり直せる」というメッセージを受け取ったという人もいました。

その書店の魅力として、22万冊という在庫のすごさ、ミショーの専門図書館さながらのレファレンス力、本を読む場所があり、居場所であり、教育する場であり、コミュニティであることに、映画でこのシーンを見てみたいという意見が出ました。また、スヌーズという高校を中退して無職の少年が作者の創作として登場しますが、それによって、この本屋が名もある人にも名もない人にも影響を及ぼしたことがよくわかる、知るということが人を変えるということがわかる、差別されている人にとっては、特に自分のルーツを知る、自分の文化に誇りを持つことが重要であり、この書店がその役割を果たしたことがわかったという感想が述べられました。

挿絵の魅力も多くの人が語り、読書感想文コンクールの課題図書になってよかった、ぜひ、高校生に読んで欲しい、まずは、先生が読んで、生徒に紹介して欲しいという意見も出ました。

この作品の原題は、「No Crystal Stair」で、ラングストン・ヒューズの『夢の番人』という詩集にある「母から息子へ」という詩のフレーズから来ています。この詩は、母親が息子に「わたしの人生は水晶の階段じゃなかった」と語りながらもそれでも自分は足をとめていないのだから、息子にもつらいからといって引き返さず、階段を上り続けるようにと語る詩です。原文を読んでみると、声に出すことによって母親が一歩一歩階段を踏みしめて生きてきた様が力強い音として響いてきて、息子への強い思いが感じられます。

この詩は、スヌーズが初めて書店に行った時、ミショーが紹介した本で出会ったという設定になっています。この詩を読みながらスヌーズは、母親が「エレベーターは弱い人たちのためのものなんだよ。あたしたちは、階段を上るから丈夫でいられるんだ」と言って階段を使っていたことを思い出します。どんな境遇にあっても誇りを忘れずに生きる強い母親たちの言葉は私の心に強く残りました。

この本の中には、他にもニッキ・ジョヴァンニやアシュリー・ブライアンなど、黒人の作家や詩人とその著書が多く紹介されており、まるで黒人文学案内としての意味も持っていると思いました。その中でも詩の一節が本のタイトルに使われたのは、ミショーが詩人を大切にし、自費出版の詩集も書店に置くなど、作家を育てる活動を行っていたこと、また、詩というメディアがいかに人々の心の叫びを深く鋭く表現することができるかという意味もあったからではないかと思いました。そして、ハーレムルネッサンスを起こした詩人であるラングストン・ヒューズの詩はタイトルに選ばれるのにふさわしい詩人であることは間違いありません。

ミショーは死ぬ前に、店を地域開発のために移転させられ、開発が終わって建てられたビルに戻れるという口約束が反故にされて店をたたまなければならないという事態に陥ります。ミショーは子どもの頃から小さな盗みで鞭打ちをされたり、警棒でなぐられて失明したり、FBIからチェックされていたり、国の権威から酷い目に合い続けますが、店をつぶすというのは、言論の自由、思想の自由を奪う行為として許されないことだと思いました。そして、このようなことはいつの時代でもどの国でも起こり続けていることだと思いました。この本の意味は、ミショーの偉業を称えるのではなく、どんなに意味のある活動も権威によってつぶされることがあることを知り、私たち一人一人がそのことを肝に銘じて前に向かって歩き続けることではないかと思いました。それこそが、タイトルにある、水晶の階段ではなくても、のぼり続けるということにつながるのではないかと思ったのです。
(土居 安子)

【児童書】
『金魚たちの放課後』(河合二胡 小学館)
 二部からなる構成です。
少女が三回目の転校でやってきたのは、金魚の養殖が盛んな小さな町。転校が多いので友だちの作り方が今ひとつよくわかりません。
この町で暮らす少年は、自分が生き物を育てられないのに悩んでいます。学校の課題で育てる金魚も、植物も、丹精込めるのにみんな死んでしまう。友だちのタビのは何もしないでほったらかしでも元気に育つ。少年はこっそり自分のと、タビのとを入れ替えたりしますが、すると、死にかけていた生き物は元気になり、元気だったタビのそれは、少年の元で死んでいく。ますます落ち込む……。少年は自分は「死神の指」を持つと嘆きます。
転校生である気軽さからか、少年は少女に、自分のしてきたことと、自分の嘆きを伝えます。そしてある賭けをするのですが……。
時は流れ、二人は中学生。少年は金魚養殖所に頻繁に訪れ、金魚の勉強に余念がありません。一方少女には、また転校の話が出てきます。今度はボストン。友だちにはいつ打ち明ければいいのか。少女は悩んでいます。そして、自分が飼っている金魚は連れて行ける? も心配で、彼女は調べ始めますが……。
 家族の中に揺れはあるとしても、大きな事件は何も起こりません。少年と少女、それぞれにとっては大きな問題があるだけ。そこがとてもいい視点です。
そして、金魚というキー(これが見方によっては、なかなか怖いのですが)を使って、少年と少女を繋げていくイメージの膨らみ方。
恋というレベルの話ではなく、信頼感の物語です。

『夜露姫』(みなと菫 講談社)
 後三条の時代。巷では義賊狭霧丸の話でもちきり。中納言の姫は御年十五歳。左大臣の息子に望まれるが、その強引さゆえ追い払ってしまう。父の中納言は笛の名手で帝から名笛を授けられていたが、陰謀によって盗まれ、父はなくなり没落する。
ひょんなことから姫は狭霧丸の一頭に加わり夜露と名乗ることに。そして、笛が左大臣の元にあることを知る。
いくら義賊とは言え、帝をしのぐ権勢を誇る左大臣の屋敷に忍び込むなど……。しかし夜露は一人でも結構する決心だった。
テンポ良く進むストーリー、主人公と狭霧丸にキャラクター造形など、デビュー作とは思えないです。
全体に流れる爽やかさは、デビュー作故ではなく、この作者の持つ資質でしょう。

『落語少年サダキチ』(田中啓文:作 朝倉世界一:画 福音館書店)
 忠志は主人公に似合わん、男前でなくスポーツもイマイチで、後ろ向きな少年です。あ、もちろん勉強もできなせんな。お楽しみ会の出し物で友だちに誘われて漫才をすることになったんやけど、その友だちが途中で、ようやらんと言いだしたもんやから、勢いで落語をすると言うてしまう。
 道で知り合ったヘンなじいさんが落語家や言うて「平林」を一席訊かせてくれたので、それをやることにしたけど、練習してたら突然江戸時代にタイムスリップしてしもうて、どないなってんねん!
 落語のネタを使って、おもろいシリーズが始まりましたなあ。

『セカイの空がみえるまち』(工藤純子 講談社)
 藤崎空良、中学二年生。吹奏楽部でペットを吹いている。父親が消えてずいぶんたつ。空良は自分のあの一言がいけなかったのではと思っています。
 高杉翔、中学二年生。野球部で、改革を目指し孤立している。父親は次々と女を変え、は自分の母親を知りません。
 そんな二人が出会い、物語はヘイトや部活の前近代性など、彼らが起こしたわけでもない問題と向き合いながら、一歩ずつ歩んでいきます。
 そして、彼ら自身と家族の問題とも向き合わざるをえなくなります。なぜなら家族は社会の外にあるわけではないからです。

『いい人ランキング』(吉野万理子 あすなろ書房)
 桃は、クラスで目立つ存在ではないですが、サボらないし、宿題を見せてもくれるし、悪口なんて絶対に言わないし、いい人です。母親、妹と三人で暮らしていたのですが、母親が街の病院の院長と再婚したために、一気に経済的ステータスはあがってしまいます。
 文化祭の出し物であった美男美女コンテストが学校によって中止に追い込まれた桃のクラス。その反動か、あるとき、いい人コンテストが行われることに。ダントツで選ばれたのが桃。しかしそれは、ずっといい人であらなければならない始まりでもありました。しかも、このランキングは、経済的ステータスが上がった桃をいじめるために仕組まれたようなのです。
 それでもいい人である桃が、強い、強すぎる。
 「いい人」も「おもしろい人」も生き延びるためのキャラでしかないのが「今」だとしたら、ずっといい人であり続けられる桃はたぶん、愚鈍なのではなくニューヒーローでしょう。

『飛び込み台の女王』(マルティナ・ヴィクトール:作 森川弘子:訳 岩波書店)
 ナディシュダとカルラはお隣同士の親友で、飛び込みでの選抜選手としてのライバル。というか、実力から容姿、注目と、引きつけ度において、カルラにはとてもかなわないとナディシュダは思っています。だが嫉妬しているわけではなく、カルラと違って自分から飛び込みを選んだわけではない(本当はハンドボールをやりたかったが両親の反対で断念)彼女は、その立ち位置に満足しています。
 両者とも、親との問題を抱えていて、それは思春期にありがちなことかもしれませんが個別的には結構うんざりと大変です。
 物語は、競技の技量を上げるための切磋琢磨だとか、ライバルを戦い勝ち抜くための努力だとか、友情だとか、仲間だとかを熱心には描きません。そうではなく、今目の前にある彼女たちの毎日の気分や気持ちや、息苦しさを驚くほど丁寧に描いていきます。ある克服はありますが、それは成長の一場面で有り、この物語の面白さはそこより、やはり、毎日が、ただ毎日であるだけで緊張し、時間を過ごしていくその空気を見事に描いている点でしょう。
 私は女子ではないし、飛び込みもしていませんが、自分の中にある過去の感触をいくつも思い出しました。
 児童文学的相貌でありつつ、しっかりとYA小説。

『はじめてだらけの夏休み』(唯野未歩子 祥伝社文庫)
 母親が心の病になり、自分はその原因だと本人は思っている父親が家に戻ってきて一緒に暮らす少年葉太が語る物語です。葉太もまた自分が原因だと思っているのですが…。
 父親は映画の音響技師で、昔からずっと留守で、母親の調子が悪いときも家に帰ってこなかった人。本人も目の前の現実から逃げて仕事に走ったとは自覚しています。
 一方葉太は、母親を気遣うしかない日々を送っていましたから9歳の割には大人ですし、もっと大人になりたいです。
 ところが父親は、ずっとやりたい仕事をして、子どもっぽい。大人になりたくないまま大人になったような人。もし一人だけで生きるのならそれは幸せです。
 そんな二人の夏休み。
 葉太としては、慣れない父親だし、こいつは母親がしんどくても助けなかったと思ってますが、父親の子どもっぽい色んな行動に、葉太が封印してきた子どもがよみがえってきて、二人は段々打ち解けていきます。
最終的にどうなるかは書きませんが、この物語のおもしろさは、葉太にはどうしようもない事態が、つまり、年齢が子どもであるというだけで、どうしようもない事態が描かれ、その中での彼自身の落としどころがある点です。
 「子どもっぽい大人」や「大人っぽい子ども」という概念は、子どもを子どもらしい存在としてとらえるまなざし以降のものですが、ここでもそれが使われています。

『わたしがここにいる理由』(片川優子 岩崎書店)
 幼なじみの璃湖、一輝、彩加里。璃湖だけが私立に進学し、三人それぞれの中学一年生が描かれていきます。三人の中でいつも引っ張ってきた璃湖は、二人がいない環境でいつの間にかグループの意向を気にするようになります。サッカー一筋、自信もあった一輝は中学で、そんなに練習をしない、サッカーを愛しているわけでもない少年と出会い、彼がそれでも一輝以上にサッカーが巧いことにショックを受けます。中学の人気者と友だちになれてほっとしている彩加里。彼女はのんびり屋さんで、マジメ。そのためある誤解を生んでしまい……。
 ほんの小さなすれ違いが本人にとっては深刻である、または深刻に思ってしまうような時期を巧くすくい取っています。

『いつも心の中に』(小手鞠るい 金の星社)
 みずきは突然父親を亡くしてしまいます。その悲しみやさみしさをうずまきと彼女は表現していますが、それがしばしば起こり、学校にも行けなくなった彼女は、父親の姉が住むアメリカの大自然の中へ。怪我をした動物を救う団体や、愛する人を失った人たちとのふれあいやその中に参加すること、自分が知らない父親の子ども時代を知ることで、みずきの心は癒やされていきます。

【絵本】
『世界は広く、美しい』(長倉洋海 新日本出版社)
 「地球をつなぐ色」シリーズ最終巻は<黒>。
 針葉樹の森、闇に浮かぶ月。夜に燃え続けるかまどの炎。瞳の奥。人影。様々な場面にある黒と光が切り取られています。
 黒にはマイナスイメージがつきまといますが、そんなことはなく、そこには始まりや、希望や、未来が潜んでいます。
 色という切り口で世界をつなぐ写真絵本です。

『ちいさな ゆきかきブルドーザー プラウくん』(ローラー・カーラー:ぶん ジェイク・パーカー:え 福本友美子:やく 岩崎書店)
 プラウくんはブルドーザーにしてはあんまり小さいもので、みんなから頼りにはされていません。働く車としての仕事だって、ささやかなことばかり。
 大雪が降った日。みんなは出かけます。ところがダンプカーさんが雪に閉じ込められてしまう。狭すぎて誰も入れない。そこでプラウくんの出番です。
 見事プラウくんは助け出します。
 小さな子たちのコンプレックスへの回答です。
 ジェイク・パーカーの絵がかわいいんですよ。

『ピカゴロウ』(ひろただいさく ひろたみどり 講談社)
 雨です。ひなちゃんが部屋で遊んでいるとカミナリがなって、カミナリさんの子どもが落ちてきます。
 名前はないそうなので、ひなちゃんが、ピカゴロウと付けてあげます。
 天に戻ろうと太鼓を叩いて雲を呼ぶピカゴロウですが、小さな雲しか出てきません。
 そこで、ひなちゃん。ピカゴロウと一緒のパンツ姿になって、二人で呼びます。
 このあたりのひなちゃんの表情が最高です。
 構図、色使い、そして表情など、そこここにこの二人の才能が覗きます。
 素晴らしいデビュー作。おめでとうございます!

『くらべた・しらべた ひみつのゴキブリ図鑑』(盛口満:絵・文 岩崎書店)
 大好きな「ちしきのぽけっと」シリーズ。ゴキブリは怖いけど、この図鑑のおかげで、今まで避けていた、逃げていた、目をそらしていたゴキブリの知識をえることができました。そっか、カマキリがなあ。シロアリがなあ。
 残り少ないわたしの知識のポケットがゴキブリの知識で埋まるのはどうなんだろう?
 でも、知らないことを知るのはやっぱり楽しい。

『いのる』(長倉洋海 アリス館)
 争いが続いている地域に住む人々のいのる姿。祖先へのいのり。
 これまで長倉が遭遇した、「いのり」を集め、考えていきます。何故、争いはやまないのか。何故、人はいのるのか。答えはでなくとも、考え続ける、といういのり。

『けもののにおいがしてきたぞ』(ミロコマチコ 岩崎書店)
 絵本なのに匂い。うん、確かに匂う。
 画面の中に潜んでいる獣たち。匂う。
 筆の力が、色が、線のただならぬ動きが、ぐんぐん匂う。
 その緊張感から、やがて自然の穏やかさへと変わるとき、私たちは何を畏れていたのかを知る。

『うさぎマンション』(のはなはるか くもん出版)
 五階建て24家族がすむうさぎマンションに、新しい家族が引っ越してきました。
 絵本は見開き一杯に、各部屋の様子を毎ページ描いていきます。それぞれにそれぞれの生活があることを。
 そこに加わった25家族目も段々荷物の整理が終わっていきます。それぞれの物語が最後に屋上で一つになる。
 何度も読み返して、一軒一軒楽しんでくださいな。

『おおどろぼうヌスート』(高畠じゅん子:作 高畠純:絵 ほるぷ出版)
 大泥棒に王様から挑戦状。これを盗んでみろ。さて、王様指定した宝物とは?
 一つの絵の形から、様々な物が想像され、推理されていく遊びは、ページを繰らせます。
 で、やっぱりあれか。と気持ち良く納得。
 それにしてもこのコンビの息のぴったり度合いったら。

『まめまめくん』(デヴィッド・カリ:文 セバスチャン・ムーラン:絵 ふしみみさお:訳 あすなろ書房)
 まめまめくんは小さな子。マッチ箱で眠って、コーヒーカップで産湯。大きくなってもまめまめくん。おもちゃの車で遊びます。幸せな毎日。
 ところが、学校に通い始めると、まめまめくんだけ差がついてしまいます。そして……。
 集団が個よりも多数に併せてしまう事態をさりげなく表現しています。

『お・は・よ・う』(いまむら あしこ:ぶん ひらさわ ともこ:え)
 字を読めるようになった子どもの喜びと、そんな子どもを愛おしむ家族の暖かくて楽しい絵本。
 男の子が読む言葉はおはよう。彼は一字ずつ、一人一人の家族に読めることを示していきます。家族は家族で、その字が付いた言葉を彼に言います。そのやりとりがいいんですねえ。

『ハーブをたのしむ絵本』(大野八生 あすなろ書房)
 ハーブの歴史文化、育て方、そして利用の仕方までが、わかりやすく描かれています。もちろん、この絵本だけでは全部をカバーできませんが、ハーブに興味を持つ入り口として使えます。私も久しぶりに植えてみたくなりました。

『みみずくのナイトとプードルのデイ』(ロジャー・デュボアザン:さく 安藤紀子:訳 ロクリン社)
 今江祥智がこよなく愛したデュボアザンの絵本です。
 みみずくのナイトをキツネから救ったプードルのデイ。それから仲良しにはなるのですが、なにしろ夜行性のナイトと、夜は家の中にいさせられるデイ。どうも時間が合いません。せつない二人はホーホー、ワンワンとお互いを呼び合うので、デイの飼い主たちは眠れない。息子のボブが考えたことは?
 デュボアザンの描く生き物はどれも活き活きとした動きを見せますが、くどくはない。品が良いといえばいいのかな。

『にぎやかなえのぐばこ』(バーグ・ローゼンストック:文 メアリー・グランプレ:絵 なかがわちひろ:訳 ほるぷ出版)
 カンディンスキーの物語です。そうかあ。子どもの時、色から音が聞こえたのだ。そんで、それを絵にしていったのか。そうなら、カンディンスキーの作品は、もっと身近になる。あれはキャンバスじゃなくパレットなんだと思ってもいい。

『ゴードン・パークス』(キャロル・ボストン ウェザーフォード:文 ジェイミー クリスト:絵 越前敏弥:訳 光村教育図書)
 ライフ、そしてヴォーグ初の黒人専属カメラマンとなったゴードン・パークスの伝記絵本です。
 ゴードンが、二十五歳で初めてカメラを手に入れたとは知りませんでした。
 政府機関から自由に撮れと言われ、自分がそうであった貧しい黒人労働者をカメラに収めます。おそらく白人の目には入りもしていなかった人々をゴードンは写真を通して顕在化したのでした。
 彼が監督した『黒いジャガー』はかっこよかったなあ。主題歌も良くてねえ。

『女探偵 ケイト・ウォーン』(エリザベス・ヴァン・スティーンウィク:文 ヴァレンティナ・ベローニ:絵 おびかゆうこ:訳 光村教育図書)
 アメリカ初の探偵社で、後にCIAなどに影響を及ぼすピンカートン探偵社の女探偵であった、ケイト・ウォーンの実話を元にした絵本です。彼女はいかにして探偵となったか。そして、どのようにして、大統領就任式に向かうリンカーンを護衛し命を救ったか。
 経済自立した女性などほとんどいなかった時代の、ヒーロー。

『どこかで だれかが ねむくなる』(メアリー・リン・レイ:詩 クリストファー・サイラス・ニール:絵 こうのすゆきこ:訳 福音館書店)
 お気に入りのクマのぬいぐるみを片手に持った、赤いパジャマ姿の少女が、窓の外を眺めています。ハチが一匹飛んでいます。
 次のページではハチがおやすみの準備。少女もクマさんと一緒にマネをしています。こうして、ネズミ、ウマ、リス、ミミズ、色んな生き物のおやすみと、それをマネする少女。
 夜が来ました。みんなおやすみなさい。少女は生き物たちに声をかけながら深い眠りへ。
 隅々まで行き届いた夕暮れから夜の風景。少女の想像のおだやかなぬくもり。
 読んであげる親の方が眠りそうです。

『たんじょうびは かそうパーティ!』(カタリーナ・ヴァルクス:作 ふしみみさお:訳 文研出版)
 ハムスターのビリーのシリーズ最新作。
 今日はお誕生日。ビリーは仮装パーティを開こうと、お友達たちをたずねます。ミミズ、バッファロー、ウサギ。でも、ハゲタカはちょっと恐い。でも、ある事情で彼もご招待。
 さて、みんなの仮装は? ハゲタカくんはどんな格好?
 ハゲタカくんが恐いのは、彼が捕食者だからですが、その辺りの問題を仮装という設定で上手く回避します。

『おばあちゃんとバスにのって』(マット・デ・ラ・ペーニャ:作 クリスチャン・ロビンソン:絵 石津ちひろ:訳 すずき出版)
 雨の中、どうしてバスを待って行かないといけないの? ぼくはおばあちゃんにそう問いかけます。
 でもバスの中は楽しい。席を譲って会話をして、色んな人を観察出来て、ギターならして歌うパフォーマンス(日本ではありませんが、バスや地下鉄で歌う人は多いです。もちろん、素敵なら投げ銭を)まで。
 そしてたどり着いたのは?
 人と人とのつながりを、さりげなく伝える絵本。
 『ことりのおそうしき』でセンスの良さを見せたクリスチャン・ロビンソンが、ここでも抜群の絵力をみせてくれます。

『レッドタートル ある島の物語』(マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット:原作 池澤夏樹:構成・文)
 長編アニメーションの絵本版。異類婚姻譚です。
 島に漂流した男。必死で生きていく。島をなかなか出ることが出来ない。
 彼を好きになる海亀は、やがて人間の女となり結ばれる。
 子どもが出来る。
 大きくなってきた子どもは外の世界を目指していく。
 遺された二人は穏やかに生き、そうして男は亡くなる。
 女は海亀となり島を去って行く。
 こうした時間の流れと、命の出会いと死を、島の語りで見せていきます。
 実に静かで、実に息づいていて、実に命に満ちています。
 『とうだい』(斎藤倫:文 小池アミイゴ:絵 福音館書店)とご一緒にどうぞ。

『そらとぶ そりと ねこのタビー』(C・ロジャー・メイダー:作 斎藤絵里子:訳 徳間書店)
 ねこのタビーの二作目です。タビーの大冒険! っていうか、なんか赤い服を着たふかふかのおじいさんの袋に入ったら、ソリでどこかへ連れて行かれた!
 おなじみの精密で暖かく、ダイナミックな構成の絵が楽しませてくれる、タビー版クリスマス絵本です。

『キルトでつづる ものがたり 奴隷ハリエット・パワーズの心の旅』(バーバラ・ハーカート:文 ヴァネッサ・ブラントリー=ニュートン:絵 杉田七重:訳 さ・え・ら書房)
 アメリカ歴史博物館とボストン美術館にキルト作品がある1837年生まれのハリエット・パワーズの伝記的絵本。といっても彼女は読み書きができませんでしたし、奴隷時代もありましたから、完全な伝記というわけではありません。
 しかし、ここに描かれた彼女の一生は、読むに値します。いわば彼女に託した奴隷の日々です。
 一日中働いている親側に彼女は寝かされていました。親の心配は、この子が別のどこかに売られてしまうこと。
 奴隷たちの喜びは、仕事を終えた後、こっそりとキルトを編み、自分たちの歴史や昔話を遺すこと。しかし、それはあまり良く思われなかったこと。
 奴隷解放の後、却って生活が厳しくなったこと。
 ハリエットは、キルト作りを自分の大切な作業として、聖書から昔話までを作って行く。やがてそれらは上流階級の評判となり、買い上げられるように。しかし、ハリアットが裕福になることはありませんでした。
 今、確認できている彼女の作品は、ワシントンとボストンの二点だけですが、そのキルトが醸す素朴さと、誠実さは今も私たちの心に伝わります。

『みかんのめいさんち』(平田昌弘:作 平田景:絵 すずき出版)
 おじさんからミカン箱が。母親が、ミカンの名産地だと言って、名産地とはどんなところかを、語ります。学校の蛇口からはミカンジュースが出るわ、お誕生ケーキもミカンだわ、ミカン風呂だわ、もう言いたい放題。こうした、いたずら的展開は面白いです。
 でも、そうすると、少年は、当然ながら名産地に行きたくなるわけで……。

『のんびりやのサンタクロース』(山田マチ:作 田中六大:絵 あかね書房)
 まあ、のんびりですから、プレゼント配りも大晦日。
 トナカイがそりを引いてやってこないので困ったサンタさん。と、そこに七福神の船が!
 どういう展開やねん、これ。
 生活感一杯のサンタを描く田中の絵がもいいなあ。
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『かかし』(ロバート・ウェストール:作 金原瑞人:訳 徳間書店)
『はいいろねずみのフレイシェ』(アンケ・デ・フリース:作 ウィレミーン・ミン:え 野坂悦子:訳 ぶんけい)
『シタとロット ふたりの秘密』(アナ・ファン・プラーハ:作 板屋嘉代子:訳 西村書店)
私たちには目をそらせたいことが山ほどあります。直視するのが辛かったり、悲しかったり、不愉快だったり。いずれにせよ、見ないようにすれば、平穏な日々が送れそうです。だけど、残念ながらなかなかそうも行かないときもあります。そんな三冊をご紹介。

 尊敬する父親がなくなり、その後母親が夫に選んだ男がもし、父親とは正反対のタイプだったらどうする? 『かかし』はそこからスタートする物語です。職業軍人だった強い父親を愛していたベン。ところが母親の再婚相手は風刺画家。それだけでもおもしろくないのに、ベンが寄宿舎学校から戻ったら妹はすっかりその男になついていて、母親と三人の絆ができており、ベンが入る余地がない。そしてベンは聞いてしまいます。母親が父親を嫌いだったことを。ベンの怒りは闇の力を呼び覚まし、彼らはベンの家族に危害を加えようとかかしの姿で徐々に家に近づいてくる。それを止められるのはベンだけ。彼がその憎しみを捨て、ありのままの現実を受け入れることが出来るなら。
 『はいいろねずみのフレイシェ』のフレイツェは自分の色が嫌いで受け入れられません。なんとペンキまで使って自分の灰色を塗り替えようとしま
す。でも、そんな彼の行為は誰も感心しません。それはそうですね。だって、そんなの嘘ですもの。フレイシェはありのままの自分を愛することができるのか? 子どもよりむしろ、中高生の心に染みてくる絵本です。ぜひ読んで欲しい。
 『シタとロット ふたりの秘密』。十四歳のロットはシタと幼なじみの親友。あるときシタの日記を少し読んでしまい彼女が悩んでいるのを知り心配する。でも、どうしてシタはその悩みをロットには打ち明けてくれない。いけないと思いながらロットはシタの日記の続きを読んでしまう。そこに書かれていたのはシタとロットの父親との恋愛関係。親友と父親が愛し合っているという事実。これは認めたくないことに違いありません。でも、たとえ娘であっても、親友であっても、ロットはその恋愛の当事者ではありません。彼女には口出しする権利はないのです。ロットはこの事態をどう自分の中に受け入れていくか。
 どれも楽しく笑える物語ではありませんが、あなたの心に豊かに残ると思いますよ。(朝日中高生新聞7月)

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宣伝:
『明日の平和をさがす本 戦争と平和を考える 絵本からYA まで 300』(宇野和美・さくまゆみこ・土居安子・西山利佳・野上暁:編・著 岩崎書店)11月刊行予定。
1) 戦争ってなんだろう2)生きるための冒険3)声なきものたちの戦争4)子どもたちの体験5)絵のちから 音楽のきぼう6)伝える人 語りつぐ意志7)勇気ある決断 未来への思い8)平和をつくるために
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『なりたて中学生 上級編』(ひこ・田中 講談社)
「ああ、どない言うたらええのやろう。アカン。オレ、言葉持ってへん。悔しいほど持ってへん。」
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告知:
「これからも書いていく。-デビュー10年の五人-」
『ぐるぐるの図書室』(工藤純子・ 廣嶋玲子・ 濱野京子・菅野雪虫・ まはら三桃 講談社)発売記念トークセッション(無料)。
場所:丸善&ジュンク堂梅田店7階
日時:11/26(土)15:00〜。
サイン会あり。
司会:ひこ・田中
予約は、tel:06-6374-9994
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