児童文学セミナー

佐野美津男 著
季節社刊

まえがき

 この本は、児童文学を学ぼうとする人たちのためにつくられた。
 児童文学を学ぶということは、児童文学の作家や評論家になろうとするためだけではなしに、よりよき理解者になるための勉強をも意味している。
 ほんとうに児童文学を学ぶというのは、それほどにたやすいことではない。それというのも、児童文学とはなにかということ、すなわちもっとも初歩的な概念規定が明確にされていないことが多いからである。
 この本においては、勉強の効率をよくするために、著者と読者のあいだで一応の諒解をなりたたせておくことにしよう。そうすることで、理解がとどきやすいようにしたいのである。
 児童文学とはなにか、という概念規定を、ここでは次のようにきめておきたい。

 児童文学とは、
 子どもを主たる読者対象として、
 おとながつくり与える文学である。

 はっきりいって、右の概念規定に納得できかねる人にとっては、この本はあまり役立つものではないだろう。著者は右の概念規定にそくしながら理論を展開し、その理論のおもむくままに作品をつくりあげている児童文学者なのだ。この本も、そのようにして構築されたひとつの児童文学世界にほかならない。
 子どもを主たる読者対象とするということは、不特定多数の子どもを想定することを意味している。そして、不特定多数の子どもの想定から必然的にみちびきだされてくるのは、子どもとはなにか、というくりかえしの問いかけでなければならないだろう。
 この本では、子どもとはなにかということについても、著者と読者のあいだの諒解をとりつけておこうと考え、これまた初歩的かつ根源的な概念規定となるべき文章を収めた。
 子どもとはなにか、ということに関しても、概念はずいぶんと曖昧な場合が多くて、いろいろと混乱をまねいているように思えるが、ここでは一定の明確さをつくりあげているはずである。
 ここでいうところの、近代子ども観の成立なくしては、児童文学がうまれ出てくるはずもなかったとするのが、この本の著者の考えかたであり、その考えかたにもとづくところの理論と創作の活動は、いまのところ、必ずしも多くの支持をえているとはいえないけれど、比較的近い将来において、ほぼ妥当な児童文学観となるであろうことを確信している。だからこそ、ここに一冊の本がつくられ、
『児童文学セミナー』
と名づけられることになったのである。

佐野美津男

目次

まえがき  3

近代子ども観とその成立過程・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・9
  たれもが近代子ども観をもっている  10
  人間の歴史は100万年、子どもの歴史は100年  17
  近代子ども観は産業革命の渦中から生まれた  21
  童話『水の子』と子ども情況  28


児童文学セミナー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・33
 
児童文学における冒険の歴史・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・34
  冒険とは無縁な童心主義  34
  子どもの行動のかげに寝そべってはいられない  38

 
児童文学における<時間>の考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・40
 時間の連続性と非連続性  40
  石井桃子における時間の永遠性  43
  竹山道雄における時間の無限性  46
  超人か子どもか  50


 児童文学における空間の理念・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・52
  子ども時代の黎明は産業革命とともに  52
  自由に対する欲求から生まれた空間の理念  56


 日本児童文学史にみる宗教の役割・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・60
  宗教を捨象して児童文学は語れない  60
  若松賤子におけるプロテスタント思想  63
  宮沢賢治における宗教の問題  66
  芸術伝道への出発=「銀河鉄道の夜」  69


 児童文学的表現とはなにか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・72
  子どもは未分化な存在か  72
  子どもの論理を第一義に  74
  児童文学の特異性  77
  ジレンマと屈折の自覚化  81
  子どもはひとつではない  83
  百人の児童文学者には百の児童文学的表現  87


 戦後児童文学を調べ直す・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・90
  1920年代の文学・芸術運動が提起したもの  90
  日本児童文学の二系列――緩慢派と性急派  96
  『ビルマの竪琴』に対する評価の分析  101
  欠落している子どもの論理  106
  市民階級的児童文学の成立  112
  児童文学と戦争の問題  117
  『鉄の町の少年』とリアリズム  123
  児童文学にみる政治性と無国籍童話の評価  128


私の読書ノート――<児童文学30選>・・・・・・・・・・・・・・・・・・・135
  アンデルセン「マッチ売りの少女」  137
  シャルル・ペロー「赤ずきんちゃん」  138
  ドーデー「月曜物語」  139
  キングスレイ「水の子」  140
  J・ヴェルヌ「十五少年漂流記」  141
  スティーブンスン「宝島」  142
  マーク・トウェイン「トム・ソーヤーの冒険」  143
  ルイス・キャロル「不思議の国のアリス」  144
  ウェブスター「あしながおじさん」  145
  ロフティング「ドリトル先生アフリカゆき」  146
  ワイルド「幸福な王子」  147
  ハンス・バウマン「コロンブスのむすこ」  148
  パンテレーエフ「金時計」  149
  C・S・ルイス「ナルニア国ものがたり」  150
  ムサトフ「こぐま星座」  151
  エーリッヒ・ケストナー「飛ぶ教室」  152
  トラヴァース「メアリー・ポピンズ」  153
  サン=テグジュペリ「星の王子さま」  154
  リンドグレーン「長くつ下のピッピ」  155
  若松賤子「思い出」  156
  小川未明「金の輪」  157
  坪田譲治「正太樹をめぐる」  158
  宮沢賢治「銀河鉄道の夜」  159
  石井桃子「ノンちゃん雲に乗る」  160
  平塚武二「太陽よりも月よりも」  161
  佐藤義美「ちゃぶだい山」  162
  筒井敬介「おしくらまんじゅう」  163
  中川李枝子「いやいやえん」  164
  山中恒「ぼくがぼくであること」  165
  吉田とし「たれに捧げん」  166


(創作)
怪物のマーチ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・167
  白い動物たち  168
  赤いゾウの絵本  177
  オレンジ色の小さな球  187
  青い湖は山のむこうに  196
  こげ茶色のぬいぐるみ  206
  黒の恐怖  216
  紅しょうが色のインディアン  225
  ピンク電話を使って  234
  青白い子どもたち  244
  みどりの季節をはずれて  262
  さび色の鏡をみがく  273


あとがき  283
佐野美津男著作目録  286


そうてい、さしえ 山口みねやす


テキスト化塩野裕子