絵本、むかしも、いまも…

第29回「からすのパンやさん ―絵本職人・加古里子―」
『からすのパンやさん』(かこさとし絵と文 偕成社刊)

           
         
         
         
         
         
         
    
 ときどき、絵本の勉強会に出かけていくことがあります。そこで、参加者の方に、好きな絵本を尋ねると、『ぐりとぐら』『ちいさいおうち』『いないいないばあ」等々とともに、『だるまちゃんとてんぐちゃん』や『からすのパンやさん』という答えをよく聞きます。加古里子の絵本です。
『からすのバンやさん」は、「パンが焼けた」を「パン屋が焼けた」と聞き間違えて起こる大騒動を、ユーモラスに描いた絵本で、てんてこ舞いの大混乱が、面白おかしく描かれています。もちろん、子どもたちの大好きなパンもいっぱい出てきます。たわいないといえば、たわいないストーリーですし、絵も少々古臭い雰囲気のものなのですが、何とも笑わずにはいられない、いってみれば子どもが喜ぶ勘所のようなものが見事に押さえられていて、その魅力は未だに色褪せることがありません。五十年の長きにわたって、絵本を作り続け、子どもたちの支持を得続けている。これはすごいことですが、こうした加古絵本の人気の秘密は何なのでしよう。
 加古里子は1926年生まれ、といいますから、現在七十六歳。現役の絵本作家です。里子は「さとこ」ではなく、「さとし」と読みます。そう、れっきとした男の人。その少年時代は、第二次世界大戦のさなかで、加古は文字通りの軍国少年として軍人を志して心身を鍛えていたといいます。敗戦後、東京大学工学部で応用化学を学ぶ傍ら、演劇研究会や人形劇団プークの活動に参加、そしてセツルメント活動に関わっていきます。「セツルメント」というのは、都市部の貧困地区に宿泊所や託児所を設けてそこに暮らす人々の生活の向上を援助する活動で、加古は大学時代、そして就職後もこのセツルメント活動を続けています。そこで加古は「紙芝居」に出会います。日々、子どもたちとの暮らしの中で生み出されていく紙芝居。紙芝居作りが後の絵本作りへと発展していきます。加古は、活動の中で子どもたちから絵描き遊びや石蹴り、鬼ごっこなどさまざまな遊びを教わり、同時に子どもの感じ方や考え方を学んだといいます。
 加古里子の絵本は、決して、酒落ているわけでもないし、華やかなわけでもありませんが、何しろ、読者である子どもたちの気を逸らすことがない。それというのも、一冊一冊がこうした加古の経験から生み出されているからでしょう。まるで、仲良しのおじさんが、ちょっと不器用そうに絵を描きながら話をしてくれた、そんな感じを加古里子の絵本は持っています。
「ゲイジュツですっていう絵本じゃなくて、職人技の絵本っていう感じがいいのよね」とは、二十代
の娘さんの加古里子評。なかなか、言い得て妙です。(竹迫祐子)

徳間書店「子どもの本だより」2002.3-4 より
テキストファイル化富田真珠子