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1.近況
 このところ、HPに近況を書いている。おそらく生まれて初めての自発的に書く日記だと思う。昔から、日記は大嫌いで、小学校でも、毎日の日記は「明日は算数の授業がある。ちゃんと予習をしていこう」とか「明日は体育がある。水泳の道具を忘れずに持って行こう」とか、そんなことしか書かなかった。というか、書けなかった。いつも一週間分まとめて書くからだ。とにかく、日記は嫌いだった。
 というわけで、HPの近況報告は、画期的な試みといっていい。いままでずっとまめにつけている。これもHPを管理してくれているスタッフのおかげなのだ。
 ただ、この近況報告、すべてが正直な日記なのかというと、そのへんはいささか微妙で、日によってはかなりの誇張と削除があることはいうまでもない。その日の報告=〆切に遅れている原稿の言い訳、になっているところもないわけではない。

2.『追憶の夏 水面にて』『プトレマイオスの門』『翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった』『12歳からの読書案内』
 11月末から12月にかけて出た本が4冊。
 『追憶の夏 水面にて』はオランダ人作家ヴァン・デン・ブリンクの青春小説。ふたり乗りのボート競技に打ちこむ少年たちの物語……だが、いわゆるヤングアダルト向けではない。どちらかというと一般書に近く、ほとんど会話なしの地の文で進んでいく。短いが凝縮された濃い作品だ。翻訳家金原ではなく、一読者金原として、今年一年間に出た訳書をながめると、この作品、傑出した一冊だと思う。歯ごたえも読みごたえも十分。ただ、歯ごたえ、ありすぎという人もいると思う。まだ歯が生え替わったばかりという人や、最近歯が弱くなってきたという人にはお勧めしないが、これほど充実した読書時間を体験できる本はめったにない。金原の一押しである。ただ、あとがき(解説)は北上次郎さん。というわけで、金原のあとがきはない。
 『プトレマイオスの門』は、「バーティミアス」シリーズの第三巻にして最終巻。これで、めでたく完結。
 『カレー屋』は、金原初のエッセイ集。
 『12歳』は、金原監修のYA本の紹介本。100冊を紹介。もちろん、ひこさんも登場。その他、歌人の東直子さん、雑誌MOE編集者の位頭久美子さん、作家の貞奴さん、長崎夏海さん、ライトノベル実行委員会の勝木弘喜さん、鈴木裕美子さん、大学院生の安竹希光恵さん、大学生の大石和大さん、林弥生さん、安房翼さん、渋井幸平さん。金原ならではの人選。また、金原の短いエッセイもある。

   訳者あとがき(『プトレマイオスの門』)

 魔術師たちが妖霊を使って国を支配している現代のイギリス、というか、架空の「大英帝国」を舞台にしたこの壮大なファンタジー「バーティミアス」三部作、『プトレマイオスの門』(The Ptolemy's Gate)でついに完結!
 さて、登場人物といえばまず、主人公のナサニエル。生意気で傲慢で孤独で、ちょっとひねくれて、いささか屈折している天才魔術師。第一巻でなんとか危機を切り抜け、大手柄を立て、第二巻目では政府の要職に抜擢され、ますます増長し、目先のことしか考えなくなっていく。かなりいやなやつになりつつある。それからもうひとりの主人公、中級レベルの妖霊バーティミアス。五千年生きているだけあって、知識も経験も豊富だが、性格的にはかなり問題あり。皮肉屋で意地悪でずるくて、すきさえあればナサニエルを出し抜こうとする。が、どこかとぼけていて、憎めない、おちゃめなキャラだ。
 そこへ、政府に反乱をくわだてるグループのひとり。キティという少女が登場。物語は新たな展開を迎え、ナサニエル、キティ、バーティミアスの三つどもえのまま、この第三巻目が幕を開ける。
 ナサニエルはますます性格がゆがんできて、バーティミアスはこき使われて過労死寸前、キティは反乱の糸口がなかなか見つからない。そんななか、大英帝国がいきなり音を立てて崩れ始め、前代未聞の混乱状態に! いや、全世界が崩壊の危機に襲われる!
 「バーティミアス」三部作、この第三巻目で、まちがいなく終わる。堂々と終わる。まさに大団円。だらだら続編が続くことはまずありえない(たぶん)
 これほどまでにいさぎよく、きっぱり、そして切なく終わるファンタジーもまた珍しい。
 さらに、第一巻目から何度もちらちら姿をみせてきた謎の少年プトレマイオスの正体も明かされていき、このエジプトの貴公子、プトレマイオスの姿にナサニエルが見事に重なっていく。
 作者ストラウドが奔放な想像力に駆り立てられ、大技小技を縦横に駆使して書き上げた、ユニークな冒険ファンタジー、これを読み終えたときの感動は、最高に魅力的な芝居かオペラを見終わったときの感動に似ていた。
 そして目をつむると、登場人物や妖霊たちが次々に頭に浮かんできた。
 ナサニエルの師匠アンダーウッド、その奥さんのマーサ、首相のデバルー、魔術用品店主のピン、国家保安庁を仕切っているウィットウェル、警察庁長官デュバール、劇作家のメイクピース、〈レジスタンス団〉のボスだったペニーフェザー、キティの幼なじみヤコブ……それからバーティミアスを悩ませた妖魔たち、コック姿がお似合いのフェイキアール、牛頭のバズツーク、ワシ頭のザークシーズ、バーティミアスの戦友クィーズル、強敵ホノリウス、ゴーレム……最後に、キティ、ナサニエル、そしてバーティミアス……まるで芝居の幕が下りたあとのカーテンコールだ。
 わくわく、はらはら、どきどきの息もつかせない感動の大スペクタクル劇が終わり、場内が拍手と歓声でわき、出演者たちがもう一度、にこやかに並んであいさつをする……そんな情景がふと浮かんできた。
 いままでにたくさんのファンタジーを訳してきたが、読み終えて、訳し終えて、登場人物たちが勢揃いで頭のなかによみがえって、ほほえむなんていうのは初めての体験だった。
 そう、敵も味方も、人間も妖霊も、すべての登場人物、すべての登場妖霊に、惜しみない拍手を送りたい!
 おっと、ひとりわすれていた。カーテンコールの最後にもうひとり、舞台に上がってもらわなくては。そう、作者のジョナサン・ストラウド。彼にも心からの拍手を!

 最後になりましたが、大奮闘のリテラルリンクのみなさん、原文とのつきあわせをしてくださった中田香さん、細かい質問にていねいに答えてくださった作者のストラウドさんに、心からの感謝を!

   二〇〇五年十月二十二日
             金原瑞人


   あとがき(『翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった』)

 作家で評論家のひこ・田中さんから、月刊のメールマガジン「児童文学評論」にいままで訳した本のあとがきにエッセイを添えたものを連載しないかという誘いがあった。ふたつ返事で書き始め、二〇〇一年六月二十五日が第一回目。タイトルは「あとがき大全」。二〇〇三年に『夢枕獏 あとがき大全』(文春文庫)が出て、似たようなことを考える人もいるなあ、しかしこちらが先、と思って調べてみたら、夢枕先生の本は一九九〇年に出た本の文庫化だった。平身低頭。
 昔訳した本のあとがきをながめていると、思い出すこともあり、また考えることもあり、そういったことを書いていくうちにかなりの分量になった。そんなおり、フリーの編集者の倉澤さんから、「あとがき大全」のなかからおもしろそうな部分を抜き出してエッセイ集を作らないかという話があった。が、翻訳以外のことに関しては無精なもので、面倒だなといったら、倉澤さんがまとめてくれて、こんな本になってしまった。ごめんなさいというべきか、ありがとうございますというべきか、さあ読めというべきか、ちょっと言葉がなくて困っている。
 内容は二種類。
 ひとつは翻訳。絵本もふくめると、訳書はすでに二二二冊を越えたが、翻訳に関してはわからないことだらけで、今でも一冊一冊、それこそ薄氷を踏むような思いで訳しているものの、ときどき、これはこうではないか、これはこうではないのではないか、などと考えてしまう。それをそのまま「あとがき大全」に書いてみた。翻訳がどんなものなのか、かいま見えるようなものになっていればうれしい。が、もともといいかげんな性格のうえに、深く考えるのが苦手なので、あくまでも読みやすいものになっている。これは意図したわけではなく、読みやすいものになってしまった、というべきかもしれない。
 もうひとつは思い出話。わけあって翻訳を始めて二十年。いろんな出来事があり、いろんな体験をしてきた。なぜか、まわりには珍しい人、変わった人、優秀な人がたくさんいる。そういった出来事や出会いや体験や人についても書いてみた。この世界は不思議だなと思う。
 さて、最後になりましたが、思いつくままに書きなぐったエッセイをこんなにすっきりした形にまとめてくださった倉澤紀久子さん、対談を転載するのを喜んで了承してくださった江國香織さん、鼎談にはせ参じてくれた古橋秀之くんと秋山瑞人くん、牧野出版の佐久間憲一さん、そしてなにより、こんな道に導いてくださった犬飼和雄先生に心からの感謝を!
   二〇〇五年十月三一日           金原瑞人


   まえがき(『12歳からの読書案内』)

 一九八七年から三年間ほど、赤木かん子とふたりで朝日新聞の「ヤングアダルト招待席」というコーナーで、中高生むけの本を紹介した。そのあと九三年に晶文社から『ヤングアダルト読書案内』(赤木かん子・佐藤涼子・半田雄二・金原瑞人編著)という本を出した。
 しかしその頃、「ヤングアダルト」という言葉はあまり使われていなくて、図書館でも「ヤングアダルト・コーナー」を作っているところはほとんどなかった。いま大人気の作家、森絵都がエッセイのなかで、こんなふうに書いている。

当時は中高学生の読者を対象としたこの類の本は軒並み苦戦を強いられていた。今でこそヤングアダルトというジャンルが確立し、十代の若い読者を対象にした洒落た装幀の本が多数出版されているものの、十四年前はまだその受け皿が整っておらず……中学生ものは出しづらいから小学生を書かないか、と何人の編集者に言われたことだろう。〈「新刊ニュース」東販週報二〇〇五年六月号〉

 YA物は売れなかったのだ。それがこの十年ほどでがらっと変わった。翻訳物もふくめ、日本でも初めてYAむけの作品が人々の目をひくようになったのだ。というか、いま最も注目されているジャンルになったといってもいい。とくに国内では、江國香織、佐藤多佳子、あさのあつこ、梨木香歩、上橋菜穂子、荻原規子、伊藤たかみ 、乙一、嶽本野ばら、などなど、あげればきりがないし、これにライトノベルを加えると、その数はさらに増える。
 そこで、そういう本に関して驚くほどセンスのいい人たちにお願いして、自分の好きな本を紹介してもらった。ジャンルは、青春小説だけでなく、現代詩、短歌、絵本、ノンフィクションまでと、とても広い。
 いま最も楽しい、そして元気の出る本たちに出会ってほしい。


   あとがき(『12歳からの読書案内』)

 この本で紹介を担当したのは、最年長は金原で、最年少は大学生。作家、歌人、批評家、編集者、図書館司書、大学院生、学生、その他の人たち。趣味も性格もそれぞれに違うが、本好きという一点では共通している。それから、もうひとつ、金原がとても信頼しているという点でも共通している。
 どうか、自分のブックガイドとして、また図書館のヤングアダルトサービスの手引きとして、そしてなにより、一冊の短編小説風の読み物として楽しんでいただければ、うれしい。親が子どもに勧める本の案内としても読めるが、子どもが親や教師に読ませたい本の案内としても読める(どちらかというと、こちらのほうが正しい使い方だと思う)
 また、いうまでもなく本というのは生もののような性格もあって、ここで紹介している作品のなかには在庫僅少、在庫なしというものもある。出版社の方は、なるべくそのようなことのないよう鋭意努力されたい。


3.今年一年をふり返って
 なんか、忙しかったな、という感じ。ただ、翻訳やエッセイや書評で忙しかったわけではなく、大学のカリキュラム改革にまつわる仕事がその元凶。しかし、大学のおかげで、好きな本を好きなように訳せているわけだから、これで文句をいっては罰が当たる。ちなみに、大学の仕事は過不足なくこなしていて、国際交流委員会という会議も無欠席、国際交流関係の行事も無欠席。自分でも偉いなと思う……けど、だれも偉いとはいってくれない。ま、いいけど。
 ともあれ、ちょっと忙しかったというのが実感。そのせいで、この「あとがき大全」の分量も少なくなってきたし、ほかの人にたのんだ原稿ばかりが増えてきている。
 ただ、いまちょうど「小説すばる」でエッセイを連載しているし、朝日ウィークリーでも英語がらみのエッセイを書いているし、東販週報でも書評を載せているし……という具合に、ほかの場所でもがんばっているので、ご容赦ください。
 あと、東京八重洲ブックセンター最上階のホールを使った月末の「八重洲座公演」でも八面六臂の活躍……といっても裏方に徹しているのが素晴らしい……とはだれもいってくれないけど、これもまた、大変……ながら、とても楽しい。
 ちなみに12月は24日、桂文我さんの落語。明けて1月27日は女流義太夫の会。金原も顔を出します。また、八重洲座、来年は、奇数月は女流義太夫、偶数月は桂文我さんの復活・発掘落語。
 ご用とお急ぎでないかたは、ぜひ遊びにきてください。