あとがき大全(59回目)

金原瑞人

【児童文学評論】 No.103    2006.07.25日号

           
         
         
         
         
         
         
    
1.自主規制、差別問題、ブラッドベリ

 サンフランシスコで映画関係の仕事をしている角谷君から、メールがきた。

 そうそう、こっちで禁煙推進団体とか何とかが喫煙シーンをR指定にするように、って抗議行動を起こしたらしい。未成年に悪影響を与えるから、というのがその理由。R指定を避ける為に、下着を着たままの unsafe sex シーンがPG-13で、喫煙シーンがR? そういう臭い物に蓋をするような rating をして、ホンマに子供が悪影響を受けへん、って考えとうのが馬鹿馬鹿しい。まさか、「はい、そうですね」とホンマに喫煙シーンがRになったりせぇへんやろうけど、もしなったりしたら、『華氏451度』の世界が現実になりそうな雰囲気。

 ちょうどそういう自主規制が気になっていたところなので、このメール、使わせてもらっていいときいてみたら、次のようなメールがきた。

 そういう事なら、僕の記憶違いで金原さんに恥をかかしても、と思い、僕が読んだ記事を探して拝借。
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(eiga.com - 07月18日 11:00)
 アメリカの禁煙運動グループが、映画のレイティング審査をするアメリカ映画協会(MPAA)に対し、喫煙シーンのある映画をR指定とするよう求める動きが活発化している。非営利の禁煙運動グループ、アメリカン・レガシー・ファウンデーションは、映画の中に登場する喫煙シーンが未成年者に与える悪影響を考慮し、他の団体と団結して、MPAAの本部まで抗議行進することを明らかにした。今後は、喫煙シーンも、ヌードや過激な暴力描写と同様に扱われることになるかもしれない。
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 この記事を読んで、バカバカしいやら、腹立だしいやら、で何人かにメールを送ったんですけど、ほとんど「レイ・ブラッドベリって誰?『華氏451度』って何?」と、僕の焦点が伝わっていない様子。ちなみに、僕は本よりも映画の方が好きなんですけど、金原さんは映画、見ました?

 はいはい、トリュフォーの映画みてます。そのまえにブラッドベリの小説、読んでます。たしかに原作のほう、ちょっとだるいかな。映画はその点、すっきりしてて、よくできている。
 というふうな返事を書いておいた。
 ところで、7月、銀座のシネスイッチで『プルートで朝食』を観て、わ、すごいじゃん! と思い、パンフをみたら、ニール・ジョーダン監督、パトリック・マッケイブ原作! これって、『ブッチャー・ボーイ』を作ったコンビじゃんと、ふたたび感動。
 この『ブッチャー・ボーイ』、じつは劇場公開もされず、そのままビデオに(DVDにはなっていない)。そして原作のほうは、翻訳は仕上がったものの(ぼくじゃないです)、出版社の上のほうで、「やっぱりやめよう」という判断がおりて、結局、日本では出版されないまま。
 『ブッチャー・ボーイ』、翻訳家の冨永星さんが教えてくれた。すっごく読みごたえのある作品なんだけど、タイトルをみてもわかるように、差別問題がからんできそうなので、出版は見送り、ということになったらしい。
 このへんのことは、アイルランドがらみで、「小説すばる」に詳しく書いたので、興味のある方は、そちらを読んでみてほしい。
 それにしても、アメリカも日本も自主規制、強すぎ!
 みんな、森達也の『いのちの食べ方』(理論社)や『放送禁止歌』(光文社)を読めよといいたい。


2.あとがき(『ラスト・ドッグ』『虎の弟子』)
 今回は二冊。

   訳者あとがき(『ラスト・ドッグ』)

 十四歳の少年ローガンには、大嫌いなことがいくつもある。しかしその大嫌いなものリストの最後はいつも「自分が腹を立てていること」だ。

 リストの最後はいつもかわらない。なぜなら、気持ちのいい六月の午後でさえ――夏休みにはいったばかりで、太陽は輝き、車の窓からはさっと風が吹きぬけていく――そんなときでさえ、ローガンには絶対、何かしら腹の立つことがあるからだ。なんにもなくたって、母さんがロバートみたいなやつと結婚したって思うと、いつも腹が立つ。クレーターだらけの惑星みたいなあばた面をした、〈なんでも知ってる独裁者〉になるために生まれてきたと思ってるやつなんかと。それに、ローガンが七つのときに父さんがでていって、いまはどっかの山奥に自分で建てた家で優雅に暮らしてるっていうのにも腹が立つ。もしかしたらそこには大型の温水浴槽とかトランポリンとかがあるのかもしれない……それからもちろん、自分がいつも何かに腹を立ててることにも腹が立つ。腹を立てるってのが気持ちのいい感情なわけがない。
 
 まわりのことすべてに腹を立てていて、そのことにまた腹を立てているローガンは、あるとき、野生の雌犬を飼うことになった。ローガンはジャックという名前をつけて、思いきりかわいがってやる。やっと心の通じ合える相手がみつかったのだ。ところが、ある事件のせいで、ジャックから引き離されて、遠くのスパルタ式のキャンプに放りこまれてしまう。一方、地元で恐ろしい犬の伝染病がはやりだし、それがみるみる広がっていく。やがて、その伝染病は人間にも感染することがわかってくる。
 まるで軍隊のようなキャンプ生活のなかでローガンはどうするのか。ローガンと離れて、ひどい扱いを受けることになったジャックはどうなるのか。そして、次々に犬を襲っていく伝染病をくいとめることはできるのか。
 ローガンは? ジャックは? 伝染病は? いくつもの「?」がひとつにまとまった瞬間、このSFっぽい物語は一気に加速して、最後まですごいスピードで突っ走る! ローガンがキャンプを脱走しようと考えだすあたりからは、もうページをめくるのが面倒なくらい、先が気になってしょうがない。
 そして文句なしのエンディング!
 ヤングアダルト向けの作品はこうでなくちゃいけない。これこそヤングアダルト向けの小説のだいごみだ。
 ローガンを取り巻く大人たちは、そろって、ろくでもないやつばかりだ。横暴な養父のロバート、そんなロバートにろくに反論でず、息子を守ってやることもできない母親。社会から落ちこぼれて殻にこもり、息子を捨て家族を捨てて孤独に暮らす実の父親も情けない。そんななかでローガンは、愛犬ジャックを救うため命がけで、あちこちに体当たりしていく。
 最後には、話はみごとに終わる。こう終わるしかないし、こう終わらないと納得できない。しかしそれでも悲しいし切ない。もちろん、ほのかな希望の予感はあるが、手放しのハッピーエンドではなく、ある種の苦々しさや、やりきれなさや、あきらめのようなものも残っている。だがなにより、主人公ローガンのたくましい成長ぶりがうれしい。それが最高の救いだと思う。
 読んだら、けっして忘れられない本になると思う。

 最後になりましたが、編集者の木村美津穂さん、原文とのつきあわせをしてくださった石田文子さんに、心からの感謝を!

     二〇〇六年五月六日          金原瑞人


   訳者あとがき(『虎の弟子』)

 カリフォルニア州サンフランシスコのチャイナタウンを知っているだろうか? ゴールデンゲート・ブリッジや、ユニオン・スクエアや、フィッシャーマンズ・ワーフや、アルカトラズ島とならぶ観光名所だ。カリフォルニアに金がたくさんあることがわかった十九世紀の中頃、中国人の人たちがたくさんやってきて、やがてこのあたりに集まって暮らすようになった。いまの大通り(グラント通り)は観光客ばかりだが、そのまわりの地域には中国系の人たちがたくさん住んでいる。
 魚屋には日本でもおなじみの魚が並んでいたり、水槽で泳いでいたりするし、肉屋には、いろんな種類の肉が並んでいるし、そのほかにも、生きている鶏、烏骨鶏、アヒルなんかも売っている。ごくたまに、生きたアルマジロも足をくくられて、軒先に転がっている。
 それに中国映画専門の映画館もある(年に何回かは、京劇が上演されたりもする)。ここでかかる映画はおもしろいことに、というか、当然なんだけど、英語の字幕がついている。これを見ると、ああ、アメリカのチャイナタウンだなと、思ってしまう。ここには中国の文化とアメリカの文化がほどよく混ざり合っているのだ。そこで生活している人々の多くは、国籍はアメリカ人だが、どこかでしっかり中国の文化を引き継いでいて、それをけっして恥ずかしいこととは思わず、「どうだ、おもしろいだろう、いいだろう! 素晴らしいだろう!」という形で、みんなにアピールしている。
 中国料理、中国茶、中国の文化、中国の歴史……そういったものを大切にしている人々がいるのだ。
 そんななかから登場してきたのが、ローレンス・イェップという中国系アメリカ人の作家だ。しっかりアメリカ人なのに、ちゃんと受け継いできた中国文化やそのよさや楽しさをうまく作品のなかに生かしている。現代のアメリカを舞台にした作品もたくさんある。けど、中国の神話や民話をたくみに取り入れたファンタジーも書いている。日本でも翻訳されているものでは『竜の王女シマー』(早川書房)が抜群におもしろい。続刊もあるのに、なぜでないのか、不思議でしょうがない。
 さて、この『虎の弟子』は、サンフランシスコを舞台にした、〈中国+アメリカ〉のハイブリッドなファンタジーだ。現代のサンフランシスコに住む少年トム・リーが、ある事件から、とんでもない冒険に巻きこまれてしまう。
 おともは師匠のミスター・フー(虎)、七十二変化の術を持っていて雲に乗って天空を駆けめぐるモンキー(猿)、口は悪いけど心はやさしいミストラル(竜)。
 ローレンス・イェップは、中国の『西遊記』や『山海経』からいろんな登場人物、登場怪物、エピソードを借りてきて、驚くほど楽しくて、わくわくするファンタジーを作り上げた。いままでのどんなファンタジーとも違う、チャイニーズ・テイストのアメリカン・ファンタジー。絶対におもしろい。
 なにしろ中国の聖獣である虎と竜が顔をだして、孫悟空がしゃしゃり出る……それに……なにより主人公のトム・リーがいい。どこにでもいそうな少年で、最初は命がけの冒険や使命から逃げようとするけれど、いやおうなく事件に巻きこまれていくうちに、勇気を持って立ち向かうようになっていく。そのへんの描き方が、うまい。
 このファンタジー、最後まで読んでもらえればわかると思うけど、もちろん、続刊があって、これがまた、いい。
 中国系アメリカ人作家の書いた、〈中国+アメリカ+昔+今〉の大冒険ファンタジーの幕開けだ。

 なお最後になりましたが、編集者の三浦彩子さん、原文とのつきあわせをしてくださった鈴木由美さんに心からの感謝を!

       二〇〇六年六月十五日           金原瑞人