青いイルカの島

スコット・オデル:作
藤原英司:訳 理論社 1960/1966

           
         
         
         
         
         
         
     
ネーティヴ・アメリカンの物語る「物」
 アメリカの西海岸には、カラフルで、自由な風だけが吹いているようにおもえる、そんな素晴らしい青空のひろがる日々が多い。全米で論議を巻きおこした「提案187」(不法移民には緊急時を除き、医療サービスを受けさせず、こどもは学校に受け入れないなど)が可決された現在、カリフォルニアの人々の表情は明るいはずがないのだが。
 西で暮す人々を、東に住むアメリカ人は、自分たちがヨーロッパの人々からさげすまれると同様のことばで、浅薄で陽気なたわいない人間たちと考える。アメリカの西には、自分たちが追いやったネーティヴ・アメリカン(先住のインディアン)が住んでいるという意識は希薄である。西に生きるアメリカ人の中には、ごく少数とはいえ、自分たちの祖先の犯したあらゆる意味での誤りを認め、畏敬の念をもって、このネーティヴ・アメリカンの文化と芸術を保存し、伝えようとする動きが確実に受け継がれている。
 サウスウエスト博物館にはネーティヴ・アメリカンの手で残されている道具や、衣装、織物、装身具がひっそりと並べられている。そこに一歩足を踏み入れると、「物」が何百年に及ぶ人のことばを伝えることを知る。その道具は、魚を突くためには、野性の犬を殺すには、もっとも有効で、鋭く、シンプルな形を残し、容器は人間の手の形そのままに、ほっこりと暖かい丸さで、デザインはモノトーンの美しさである。織物の色彩は、植物染めの自然を芸術の手にゆだねた絵巻だ。装身具や魔よけの彫刻品には、十分な遊びがあり、皮肉やこっけいさを秘めた動物ものも数多く、その色彩のカラフルな点は西の海の色、空の色に負けはしない。
 スコット・オデルはこの博物館で、信じられないほどの静寂な時の中、こうした「物」から伝わるつぶやきや、含み笑いや、押し殺した怒りの言霊の響きを聴いたにちがいない。幼少時から青い海の中に浮かんでみえた島、そこに十八年もの歳月をひとりで生き延びたインディアンの女が暮したのである。当時の船長から得た事実より、この女が一族の移動する中、船から海に飛びこみ、忘れ去られた歳月の後、その島で発見されたことがわかっている。ひとりの女の時の空白を、オデルならずとも埋めたいおもいに駆られるのは人の常かもしれない。

哀しい民族のひとりを描くのか
 オデルが、滅びゆく民族や人々に、並々ならぬ関心と、歴史学的興味をおぼえていることは明白だ。だが「哀しい民族のひとり」になりかわってなされる一人称語りは、あらゆる意味で本当に哀しい。それはその民族はもちろん、ひとりの人間すら語りえないことがある。
 一方オデルが生の営みを鮮烈に印象づけて語るのは、ラッコであり、イルカの群れであり、大だこ、そして野犬と少女の愛する犬である。その生態を忠実に描きながら、オデルはラッコが海藻の海で、あおむけになってひなたぼっこもするしいねむりもする、海の中でいちばん遊びずきな動物であることを示す。また幸運の動物イルカは、大きな鼻さきで、織物を織るように行き先案内をしてくれることを知ると、島の形がイルカに似ていて名づけられた「青いイルカの島」こそが、ひとりの人間を生かしつづけたのだとおもえてくる。
 この少女の「生」には、死者への鎮魂と、生存への限りない欲望が渦巻いていたにちがいない。オデルは、自分と同じ側の白人の手で、突然の永遠の別れを余儀なくさせられた少数民族の一個人を描こうとした。体験も資料も十分だったにちがいない。だが、ひとりひとりの顔のない「もの云わぬ民族」をイメージさせたところで、この作品はひとつの命を失ってしまった。そして皮肉にもオデルが幼少時から本当に愛した動物群が、各々のキャラクターを含めて水飛沫をあげ、命を謳歌して生きる。また、一方では、アザラシもラッコも野犬も、かならず殺さねば生きてゆくことのできない自然と人間の掟の厳しさにせまることが不鮮明になる。
 そうしたことを含めて、当時激賞されたこの作品がやはり哀しいといいたい。さまざまに異なる民族の、生存へのエネルギーが、かくも渦巻くアメリカの西で、いったい誰が、女ロビンソンの物語としてこの物語を読みつぐだろう?(島 式子
日本児童文学100選(偕成社)
テキストファイル化佐藤佳世