イングリッシュローズの庭で

ミッシェル・マゴリアン
小山尚子訳 徳間書店 1991/1998

           
         
         
         
         
         
         
     
 第二次大戦中のイギリスを舞台とする『イングリッシュローズの庭で』は、ファンタジー作品ではない。だが、感覚的にはわれわれを過去へと、タイムスリップさせてくれる。
 上流階級出身のダイアナとローズの姉妹は、父が戦死し、母が慰問で巡業に出たため、疎開先の海辺のコテージで思わぬ「自由」を手に入れる。慣れない暮らしにとまどいながらも、姉妹は自分たちを束縛してきた思いこみや偏見から少しずつ脱却しはじめる。そして自分の生き方を見直すうちに、ふさわしい相手との恋愛も経験する。一七歳のローズが自分に自信をもち、より広い視野で物を考えだしたきっかけは、コテージのもとの住人ミス・ヒルダの手記を偶然見つけたことだった。
 一八八五年に准将の娘として生まれたヒルダは、第一次大戦中に年下の軍人と身分不相応の恋をし、未婚の母となった。そのため家族の手で精神病院に八年も監禁された。ローズはその手記を読み、自分の身近にいるドットという未婚の母の立場が理解できるようになる。そして偏見を捨て、よい仲間になる。(なおローズはヒルダの手記に刺激されて短編を書き、書店主アレクの手引きで、念願だった作家デビューを果たしている。)労働者階級のドットは、いわばもうひとりのミス・ヒルダだ。精神病院にこそ監禁されていな
いが、周囲の偏見に悩まされ、子どもを取りあげられることを恐れている。ヒルグのエピソードは「過去」に属するので、境遇に同情し、抑圧に怒りを覚えても、(ローズも読者も)何もしてやることはできず、やりきれなさを味わう。だが、ドットの存在はそれを埋め合わせてくれる。彼女ならヒルダとちがう道を歩む可能性をもつからだ。事実ドットはローズたちの尽力である程度の幸福をつかみ、「あたし、牢獄から外へ出たんだ」と喜ばしげに述べている。対照的に男性登場人物は冷遇されている。(例外は戦争で神経衰弱になった繊細なアレクで、彼はローズとの交際で過去から解き放たれる。)男らしさの神話に縛られ、ローズを利用して悲哀を味合わせた若者も、恋に恋してダイアナにつきまとっていた若者も、体面に縛られヒルダを迫害していた父や兄も-みな「舞台裏」に閉じこめられている。これは、作者マゴリアンが彼らに与えた精一杯の罰かもしれない。遡れば、『ジェーン・エア』(一八四七)のバーサもまた「屋根裏」に監禁される狂人だったのだから。
 マゴリアンは、無数のバーサに代わってヒルダの物語を語り、ドットやローズの人生をも重ね合わせた。それが普通の成長物語にはない厚みとなっている。(西村醇子)
ぱろる10号 1999/05/10