キスなんてだいきらい

トミー・ウンゲラー作/矢川澄子訳/文化出版局刊

 朝 はやく
 ぬくぬく きもちよい ベッドの なかで
 パイパー・ポーは ぐうすかぐう
 のんきに ゆめを みていた。…
 リズミカルな言葉に、静けさが漂うモノクロの絵で始まるこの絵本『キスなんてだいきらい』は、私の本棚の中でも、ほかの絵本とは少し違った雰囲気を持っていました。まずタイトルでこんなに嫌悪感をストレートにいったものはほかにありませんでしたし、表紙の色もまっ黒。そして、目に飛び込んでくるダークオレンジ色の手描きのタイトル文字は映画の字幕スーパーのようでもあり、古いモノクロ映画を思い出させます。
 その表紙のまん中で不機嫌な顔のネコがじっとこちらをにらんでいます。これは単に不機嫌なネコの顔を描いた絵ではなく、こんな気持ちを経験した人が描いた感じがします。学校がなにさ、構わないでよ! と、まあ人並みにかわいげのない小学生だった私の心を、この不機嫌な顔は、つかみました。
 さて、この少年ネコ、パイパー・ポーは頭もよくって、生意気盛り。歯磨きはいやだからしない。洗面台を歯ブラシでこすって音を出すだけ。アイロンのかかった服なんてお人形じゃあるまいし、とくしゃくしゃにします。教室でもいたずら放題。でも成績は悪くない。「お行儀ゼロでも成績ゼロよりましさ」といってのけるなんて、かっこいいではありませんか。
 そんなパイパーだから、お母さんが自分を赤ちゃんのようにべたべたと可愛がるのがもういやでたまらない。朝食の時、お母さんへのパイパーの態度があんまりにも悪いので、お父さんも一言、「いいかげんだまれ」。その後、二人きりになってお父さんはパイパーにいいます。「おれのおふくろも、おれの親父のおふくろもそんな風だった。まあ、いい子になっててやれよ。おれもおまえぐらいの年頃にはおまえそっくりだった。歯なんか、磨かなかったぜ。はっはっは」
 お父さんの言葉でパイパーは大人もなかなかやるなと見直します。
 この朝の一件で元気をなくしているのを、学校の悪ガキ連中に突っつかれて取っ組み合いのケンカになり、パイパーはちょっとしたケガをしてしまいます。それを見たお母さんは学校の前で、心配のあまりパイパーをキス責めにします。クールを通していたパイパーのプライドはずたずた。思わずキスすんなよ! とぶちまけます。傷ついたお母さんも思わず手が出てパチン。なんてかわいそうなパイパーとお母さん! 二人は動揺してしまって味もわからないまま昼食を終えます。そして…?
 親の手を離れたい少年と、いつまでも子ども扱いしてしまうお母さん。最後は仲直りで終わりますがが、そこに至るには、お互い決してて穏やかにはいきません。ストーリーはもちろんのこと、絵やデザインからも、「子ども扱いはいや!」という子どもの気持ちを尊重した姿勢を感じるからこそ、パイパーほどではなくとも、かつての自分も含むすこぉし生意気な子どもたちがこの本に共感するのだと思うのです。(筒井)


みなと区読書案内「クールな子ネコ」
徳間書店「子どもの本だより」2002.36-4 より
テキストファイル化富田真珠子