こぶとり

松谷みよ子文

童心社 1996

           
         
         
         
         
         
         
     
 「こぶとり」の話は、アイルランドに原話があるという説を知ったとき、不思議な思いにうたれた。どのような道をたどってこの極東の島までたどりついたのかはおそらく永遠の謎だろうが、この話はくりかえし語り継がれ楽しまれている。
 「こぶとり」の魅力はなんといっても、異世界との遭遇だ。森で木のうろに雨宿りするうちに眠ってしまう。目をさますと、もう真夜中。しかもそんな場所、そんな時間におはやしの音がきこえてくる松谷さんの語りは まよなか、ふと めが さめると、/ぴいっ、/かすかに ふえのねがして、/ととん、とん、/たいこのおとがはじまり、おはやしが はじまった。
 とじつに簡潔に不思議への導入を果たしている。おはやしに惹かれたじいさまが、自然に踊り出して、やんやの喝采を浴びる姿も、目にみえるようだ。日本の昔話はさまざまに再話されているが、私は、なによりも語る楽しさがあふれているような飄々とした趣のある松谷さんのものが好きだ。村上さんの図案化された絵は、命を育むもののやさしさがよくあらわされている。そして、その思いが、しばしば、自然と笑いがこぼれるようなユーモアを醸し出す。古きよきものを、いつも新しい状態に保つ仕事の「新しさ」がよくわかる。(神宮輝夫)

産経新聞 1996/06/28