子どもの本に子どもはいるか?

甲木善久

           
         
         
         
         
         
         
     
-子どもの本に、子どもはいるのだろうか?
 この問いかけは、子どもの本に携わる者であれば誰しも、一度や三度、頭を掠めたことのあるものだろう。誠実に「子ども」の本に向き合えば向き合うほど、それに係わる「大人」としての自分を意識せざるを得ない瞬間がくる。そんなとき、おそらく、この問いかけが頭をよぎるはずなのだ。
-「子どもの本」に子どもは居るか?
-「子どもの本」に子どもは要るか?
 語呂合わせによってフザケテいるのでは決してない。「存在するか?」「必要か?」という三つの問いは、現状において「子どもの本」の存立基盤に関わる重要な問題なのである。しかも厄介なことに、この二つの問いはそれだけでは終わらない。「その本の内容に対して」および「読者として」という、さらなる問題の分岐をも促してしまうのだ。
-「子どもの本」の内容に子どもが登場する必要はあるのか?
-そこに描かれた子どもは「子ども」なのか?
-「子どもの本」の読者の座に子どもは居るのか?
-「子どもの本」の読者は子どもでなけれはならないのか?
なんて面倒な話だろう。
 「子どもの本」という、もはや出版ジャンルとしては既成事実となってしまったかに見える存在が、実は、未だその看板に掲げる「子ども」との距離を測り切っていないのだ。善し悪しの問題はさておき、これが現代日本における「子どもの本」の実態であるということを、本稿を進めるにあたってまずは確認しておきたい。

 さて、こうした面倒な問題を引き起こしてしまう原因は、いったい如何なるものなのか。簡単にいえば、それは、「子どもの本」というものの拠って立つ基盤が商業主義をおいて他にない、ということである。 こんなふうに「商業主義」なんて言葉を持ち出すと、またぞろ「売らんかなの本づくりによって、子どもの本が危機に瀕している」といったたぐいの見解かと早トチリされる方もあるかもしれない。が、実は、話は逆なのである。山中恒、矢玉四郎、那須正幹、寺村輝夫、斉藤洋、五味太郎、やなせたかし、木村裕一らをはじめとする、いわゆる売れている作家たちは「売る=読まれる」ことを作品に対して自覚的に持ち込んでいるがゆえに、読者である子供との距離を常に測っているはずである。したがって、彼らは、「子どもの本」というジャンルにとって、子供との関係を取り結ぶ役割を果たしてくれる存在でありこそすれ、危機を呼び込むなどの物言いはおよそ見当違いの言いがかりに過ぎないのだ。
 問題なのはそうではなく、「子どもの本」のアイデンティティとは「子どもの本」として売られる(出版される、書店に並べられる、児童書の棚に収められる)こと以外には存在しない、ということである。子どもが登場しょうがするまいが、実際に子どもが読もうが読むまいが、とにかく、「子どもの本」として出版されてしまえば、それは「子どもの本」となる。そうして、出版活動とはつまり経済活動であるのだから購買対象に合わせた商品づくりをするのは当然の話で、その対象が大多数の子供読者であることもあれぱ、「子どもの本」を取り巻く大人たちであることもあるだろう。「子どもの本」と名乗る以上、読者として想定されるのは子供であるはずだ、というのは現状を見ない幻想である。同じ版元から出版されるものでも、その販売形態によって本の作りを変えることなど至極当たり前の話なのだ。
 「子どもの本」が好きな大人のために。あるいは、子供に本を読ませようと考える大人が納得するように。教材として学校図書館に購入されるように。不特定多数の子供たちが楽しめるために。少数の読書家の子供たちに愛読されるように。と、商品づくりの方向性はそれぞれの本によって異なる。したがって、本来、そこに本質的な共通性などないのである。
 書店において、あるいは、図書館において、それらが「子どもの本」の棚に並ぶのは、あくまで他のジャンルの本との兼ね合わせによってそうなるに過ぎない。経済書でもなく、実用書でもなく、ポルノでもなく、趣味の本でもないがゆえに「子どもの本」の棚に納められる。内容的には、純文学的なものもあり、歴史物もあり、ミステリーもあり、ナンセンスなものもあり、翻訳物もあるけれど、しかし、大多数の大人は読まないだろうという商店側の判断が働けば、その商品は「子どもの本」の棚に行く。だから、本当は、もしも「子どもの本」のアイデンティティを論じたいなら他のジャンルとの差異性について考えるのが筋なのだ。にもかかわらず、それらがたまたま「子どもの本」の棚に並んでいるという理由によって、そこに本質的な共通性がある(なければならない)と考えられているのである。
 「子どもの本に子どもはいるか?」という一見素朴な問いかけが繰り返し生み出され、さらに一歩踏み出した途端、それが解答不能のパラドックスに姿を変えていくのは、たぶん、こうしたことに原因がある。
 さて、ここで不思議に思うのは、こうした問いかけを自明のものとして考えてしまう、その発想の根っこはどこにあるのかということだ。
 それを確認するため、『復興期の思想と文学』(日本児童文学者協会編/一九七九年/偕成社)『革新と模索の時代』『過渡期の児童文学』(同/一九八○年/同)を久しぶりに通読してみた。この三冊は一九四六年から一九六九年までの、児童文学を中心とした子どもの本に対する主要な評論を集めた資料集なのだが、時代を追って読み進めるうちに僕は改めて驚くべきことに気がついたのである。それはつまり、「子どもの本」および「児童文学」に対する評論が、ことごとく「べき論」だったということだ。
 今日に於ける人間性の培ひとは、抽象的な人間性ではなく、政治、経済、教育、文化のあらゆる領域に亘って、人民の力で遂行される民主々義革命によって、はじめて現実に解放される人間性のことである。そのやうな人間性を児童の中に育て、より高く、あるべき姿へと描くためには、児童文学者自らが人民革命の遂行者たる自覚をもたねばならない。児童文学者もまた今日の飢餓に頻した人民の一人である。
この自覚なくして、どうして子供たちに対して、次のゼネレーションの教師たる自負と情熱をもつて作品を示し得ようか。戦時中の作家活動への自己批判も、形なき単なる反省といふのでなく、この自覚を今後のあらゆる作家活動の場に於いてたかめ実践して行くことのほかに道はない。(関英雄/一九四六年五月/『日本児童文学」創刊号)
 われわれはリアリストでなければならない。できあいの観念のとりこになっていては、発展の方向をかならず見あやまってしまうにちがいないのである。芸術的形象によって、子どもたちのさまざまなタイプを、いきいきと描きだすことは作家の任務であるはずである。いまの日本の児童文学が、この点において責任をはたしているといえるであろうか。(菅忠道/一九四七年八月/『日本児童文学」第三号)
 真のリアリズムならば、児童の関心の可能性あるあらゆる素材(大人の生活もふくめて)がとり上げられるべきなのに、生活童話は自ら素材を児童生活の日常の些末事にとじこめた。(略)
 生活童話撲滅論にも二つの途がある。メルへンの再建と、生活童話それ自身の建直しである。そして、戦後の児童文学の混沌の中で、進歩派に属する童話作家はそれぞれの資質に従ってこの二つの途のいずれかに従っているといえよう。メルへンといつても今日のメルへンは、リアリズムの目を通したメルへンでなければならないように、生活童話の建直しとは生活童話を真のリアリズムの軌道にのせることである。(関英雄/一九四七年十月/『生活学校』第二巻第四号)
 だからぼくは、児童文学者にモツと情熱をもってもらいたいと思うのだ。と同時に、こどもの現実をモツと知ってもらいたいと思うのである。児童文学者がこどもの現実を知らぬということはおかしな話ではあるが、事実だから仕方がない。今日のこどもが、学校でどんなことを学び、どんな遊びをし、また校外生活においてどんなことをしているか、本当に真剣に観察をし、調べている作家が幾人あるであろうか。自分たちの文学作品が、どのように読まれているかさえ、自分で直接出かけて行って調べている者はほとんどないのではあるまいか。児童文学は、ある時期においては学校教育にあき足らず、児童にうるおいを与えるために書かれたことがあった。児童を束縛する学校教育の行われていた当時は、教育に対抗し、これと絶縁するのは正しいことであった。しかし、教育民主化へ踏み出した今日、それは通用しなくなったのである。児童文学者は今日の教育の実情をモツと知らなければならない。(高山毅/一九四九年十一月/『新児童文化』第四集)
 ここに引用したのは、敗戦直後の評論の中、「児童文学の創作に際し現実の子供を取り込む必要性」を明確に説いたタイプの言説である。そして、共通するのは「これからの児童文学はいかにあるべきか」という所信表明となっている点だ。ここには、敗戦による「絶対」の崩壊を目の当たりにした当時の時代の気分、「戦後日本をどう復興させるか」という気概が満ち満ちている。『復興期の思想と文学』に収められた同時期の他の評論を見ても、それぞれの立場の違いはあれ、意気込んで所信を述べている点は同じである。それまでのもの全てを否定することで新規まき直しを図りたいという姿勢の取り方は、当時の時代状況からすれば、当然のものであったろう。けれど、それによって、「児童文学とは何か」という問題提起が、実体を伴わない理想論として展開されてしまったことは否めない。
 ある時期を境に価値観の急転回を行うということは、体制や思想の話であれば他者への批判だけで済ますこともできるだろうが、一人一人の問題としてそれが起こった場合、どうしても自己批判を伴う必要がある。だが、戦時中に子どもの本に関わった者たちがそれを行ったという話を聞いたことはなく、ゆえに、輝かしいばかりで実体を伴わな言葉が状況を埋めつくしたのではなかろうか。
 そうして、子どもの本というジャンルの特性は、事をさらにややこしくしてくれる。というのも、旧文化を否定するということは、自らの幼小時の体験をも否定するはめになるのである。自分が子供のころに読んだ本、あるいは読まなかったという体験を含め、それらを相対化することなく「これからの子どもの本」「あるべき児童文学」を語ろうとすれば、それが抽象的理想論としてしか成り立ち得ないのは理の当然である。ここに、戦後日本の子どもの本・児童文学の不幸の根があるのだ。
 書き手自身の子ども時代の経験を相対化できぬまま、読者対象としての子供に向かったとき、おそらく、空白の「子ども」概念を埋めるために「現実の子ども」なる抽象的イメージがひとり歩きを始める。それが例えば、理想論が所信表明されるときにしばしば現れる「リアリズム」という言葉なのではあるまいか。こうして、自分の子供時代を前提しない大人たちの「べき論」の積み重ねの中で、「子どもの本(児童文学)」理論の内側には「現実の子ども」という神話が作り上げられていったと考えられる。

 さて、最後に、本稿のスタートラインであった「子どもの本に子どもはいるか?」という問いに、僕なりの答を出しておかねばなるまい。当然、「はい」である。現在の「子どもの本」は、一九五○年代半ば以降の流れの中に未だある。その流れというものを端的にまとめれば、欧米の児童書を手本とし、あるいは、〈小説化〉した語りを導入することが改革と信じ、作者の空想の産物である「子ども」を描くことに専心することである。ならば、そこに「子ども」がいないわけはないではないか?

 作品の内容に登場する子どもやその扱い方は、作者の思うように処理されるのであるから、作品としてただの子どもを扱おうが具体的なこどもを登場させようが絶対の子どもを描こうがどんな子ども像を描こうが問題にならない。ただそれが読み物としてだれにどんな層の読者に読ませるかという作者の考慮において「読者」が具体的な問題になるのである。読者はあくまでも、抽象的な存在でなく具体的現実的な児童である。(『実践国語』第二巻三号)

とは、一九五○年に書かれた滑川道夫の「児童文学読者論」の一部だが、「子どもの本」の基本的なあり方とはこのようなものだろうと、僕も思う。ただし、これに続く「そこで、どの層の段階にある児童に読ませ、呼びかけようとするかが、あらかじめ想定する必要がでてくる。その作品の教育的効果を充分に発揮しようとするならば、作者がそれにねらいをさだめることが先決問題である」というのは、発達心理学に基づく近代教育観が限界を見せ始めた今日、どうにも領けないのだが。
 現状において、子供を読者ターゲットに持つということ以外に「子どもの本」のアイデンティティがないのなら、子供が好んで読む本には「子どもがいる」と見倣してよかろう。舟崎克彦「ぽっぺん先生」シリーズなど、中年のおじさんが主人公だが、この作品を好んで読んでいる子供には「子ども」の姿が見えているはずなのだ。あるいは、子供が読まない「子どもの本」においても、これは同様である。児童書愛好家の大人が好んで読む本には、児童書愛好家の納得する「子ども」が描かれているに違いない。「子ども」のいない「子どもの本」とはつまり、読まれないまま図書館の本棚の肥やしとなっている本しかありえない。(甲木善久 )
ぱろる9号 1990/01