サンタクロースの冒険

ライマン・フランク・ボーク

田村隆一訳 扶桑社 1989


           
         
         
         
         
         
         
     
 クリスマスももうすぐだ。読者のご家庭では、もうクリスマスを迎える準備はできたであろうか。毎年この時期になると、街の店々にはクリスマス・ツリーをはじめ様々なデコレーションが華やかに飾りつけられ、「ジングル・ベル」や「聖夜」などのクリスマス・ソングが流れる。キリスト教徒でもないのに、こういう中でクリスマス用品を買いそろえクリスマスの準備をするのは、ナンセンスでありコマーシャリズムにのせられているだけだという気がしないでもない。しかし、かく言う筆者の家でも世の多くの家庭と同じく、クリスマスにはささやかながらケーキを切り、子供たちの枕元には必ずプレゼントが届いている。小学生の我が家の息子たちは、サンタクロースの存在については半信半疑、あるいは信じていない方に多少傾いているのかもしれないが、それでも今年こそ一晩中目をさましていて本当にサンタクロースがいるのか見てやるぞ、と今からはりきっている。そんな彼らに読んでやりたい本が出版された。『オズの魔法使い』で有名なライマン・フランク・ボームの『サンタクロースの冒険』だ。作者の息子ハリーのために、一九〇二年に書かれた原作の書名は、The Life and Adventures of Santa C lausである。文字どおりサンタクロースの出生から晩年までの生涯と、彼がいかにして子供たちにおもちゃを配って歩くことになったか、そしてその際にどのようなハプニングが起きたかという彼の冒険が語られるほのぼのとしたメルヘンである。
 バ−ジーの森のはずれに捨てられ、ニシルという森の精に拾われた人間の赤ん坊は、「小さい子」という意味のクロ−スと名付けられ、ニシルに育てられる。悪というものを知らず、純粋で愛にみちあふれたニンフたちに育てられたクロースは、森の精やフェアリーたちを友として、優しく礼儀正しく幸せに成長する。しかしある日森の支配者アークに連れられて世界をまわる旅に出、自分と同じ種族である人間が世の中にはあふれんばかりにいて、彼らは地球上で一生懸命働き、年をとり、秋の枯れ葉のように散っていく運命であり、しかも彼らには世界をもっといいものにして残すという使命があることを知る。この重大な事実に気づいたクロースは、赤ん坊の時に自分がニンフたちから受けたのと同じような大きな愛情を、今度は自分が人間の子供たちにかけ、子供たちの喜びのために身を捧げることが、人間としてのクロースの運命であり、人生であると自覚する。森に帰ったクロースは、さっそく二シルに今まで愛情深く育ててもらったことへの礼を述べ、自分の使命を果たすべく森を離れ、笑いの谷に居を構える。そこで暇つぶしに作った木のネコの彫刻がクロースが初めて作ったおもちゃであり 、それを吹雪の中で迷子になり倒れていた少年にたまたまあげたのが、クロースが子供におもちゃをあげた最初である。クロースのおもちゃの評判はたちまち広がり、遠くの村から子供たちがおもちゃをもらいにくるようになった。やがてクロースはおもちゃ作りに明け暮れ、おもちゃがたくさんできると、袋に入れて子供たちに配って歩いた。ところがある冬の日、雪のため歩いて配ることができないため、世界の獣の監視役であるヌックの許可を得て、一晩だけニ頭のシカを借りた。それがクロースがトナカイと共にそりで旅をした最初であった。それがきっかけで、今後もずっと一年に一度、クリスマス・イブにだけ十頭のシカを借りられることになり、クロースはこの晩世界中の子供たちにおもちゃを配ってまわることにした。クロースのこの行ないは、世界中の子供たちとその親たちから喜ばれ、その人は人間ではなく、セイント(聖人)なのだろうと噂された。これがクロースがサンタクロースになり、一年に一度クリスマス・イブにだけ彼からプレゼントが届く所以である。作品ではこの他なぜ靴下の中にプレゼントが入れられるようになったか、なぜクリスマス・ツリーが飾られるようになったか 、おもちゃの他にお菓子がプレゼントに加えられるようになったのはどうしてか、サンタクロースは人間なのになぜ死なないのか、世の中にストーブが普及し、各家庭に煙突や暖炉がなくなってきた現代ではサンタクロースはどのようにして子供たちの枕元にプレゼントを届けるのか、など子供だけでなく大人の我々にも興味津津な事柄がわかりやすく語られている。
 クリスマスに胸をときめかす子供たちに、そしてかつて同じような経験をし、今はその頃の夢を子供たちに与えることにささやかな喜びを見い出す大人たちに是非プレゼントしたい一冊である。(南部英子
 
図書新聞1989.12.23
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