1970年大百科

宝島



           
         
         
         
         
         
         
     
 さあさあ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。ねえねえ、そこのおにいさん。今日持ってきたのは、あんたのような、近ごろの若者に役立つすぐれ物でっせ。まあ、だまされたと思って中身をじっくり見てちょうだい。こいつはね、二十年ほど前の若者にはやった品々のカタログ集やで。え、そんな古臭いものいらない? いや、確かに古臭いものばっかり載ってるけど、そこがみそなんですわ。

 近ごろの若者に、この本を決して見せてはいけません。ここには七十年代に若者をしていた私たちに関する情報がたっぷり詰まっているからです。
 表向きは、最近のノスタルジーブームに便乗した本ってことになっています。「ノスタルジーという一般大衆の弱みをくすぐって、バカスカ売ってやろうという本」(編集後記)。
 でも、嘘です。というか、正しいノスタルジー商品がこんなことを言うはずはありません。正しいノスタルジー商品なら、過去の様々な事物の中から、清く、美しく、安全で安心なものだけを選りすぐり、過去は本当にそうだったのだと思わせてくれなければいけません。「昔は良かった」という、半分嘘で半分本当のことを、全部本当だと気持ちよく誤解させてくれなければいけません。
 この本にぶち込まれているグッズや風俗をご覧なさい。もちろん「懐かしい」ものもありますが、今では「恥ずかしい」ものや「いかがわしい」ものまでが、節操なく並んでいます。せっかく懐かしさに浸っていても、次のページを開くと、恥ずかしさに赤面し、その次のページでは、余りのいかがわしさに、「私はこんなの知らんぞ、関係してないぞ!」と叫びたくなってしまうのです。でもやっぱり、知っていたり、関係していたりはするわけで‥‥。
 だから、今は大人の顔をしている私だって、二〇年前には、しっかりと「近ごろの若者」をやっていた事実を、その動かぬ証拠の前で、認めざるをえなくなります。
 この本を私は、友達にしたくはありませんが、この本に収録されたグッズや風俗のかなりは、かつて私の友達でしたし、なかには今も友達のものもあります。私は、二年前までベルボトムを履いていたような人間ですから。
 ヤバいじゃありませんか。こんな本を、近ごろの若者に見られたら。まず尊敬などしてくれません(尊敬してもらってもいいようなことも載っているけど、無視されるでしょう)。せめて、「すごいなあ」と優しく言ってくれるでしょうか。いや、難しいな。せいぜいが笑われるか、あきれられるかです。大人のヤバいところを突っ突くのが楽しいのは、若者をやったことのある私たちも知っていますよね。
 だから、決して、見せてはいけません。この本を彼らの友達にしてはいけません。
 例えばバンドブームに対して、「近ごろの若者は、ロックを誤解している」などと、つい酒の勢いで言ってしまったとき、目の前に、「小市民的常識の厚い皮膜をひっぺがし、旧態依然とした音楽界の危機的な相貌を白日のもとにさらし出し、起死回生の一大飛躍へと観客をいざなったのである」なんて、昔の若者の言葉を突き付けられたら、と想像してみてください。私の恐れていることが、少しは理解していただけるでしょう。
 いいですか、決して見せてはいけませんよ。(ひこ・田中 )
朝日新聞「本はともだち」1900/10/12