白ギツネの谷の物語
1『風にのって走れ』
2『地にむかって走れ』
3『走れすばやく、走れ自由に』

トム・マコックレン

岡村雅子訳 福武文庫 1991

           
         
         
         
         
         
         
         
    
 「ウォーターシップ・ダウンのキツネ版」として、アイルランドでは一九八三年の出版以来ベストセラーの記録を作っている動物ファンタジーである。
 舞台はダブリンの街からそう遠くない「白ギツネの谷」。この谷にも毛皮の需要を満たすためキツネ狩りの猟師がはいりこんできていた。白ギツネの谷は、キツネがいつか絶滅の危機をむかえると予知したキツネの神がキツネのためにこしらえた谷で、神は白ギツネの勇者をつかわして谷の支配をまかせ、「生き延びる秘密」をこの白ギツネにゆだねたという。『風にのって走れ』ではキツネたちが「生き延びる秘密」を求めて旅に出て、『地にむかって走れ』では白ギツネの谷で三匹のキツネが子を産み、『走れすばやく、走れ自由に』では仔ギツネたちの成長と独立が描かれ、全体としてキツネのひとつのサイクルの物語となっている。
 三部作のいずれも主題は生き延びることである。動物の世界を描いた同じスケールの大きな動物ファンタジーでも、旅の目的がはっきりしていて人間社会が反映されている『ウォーターシップダウンのうさぎたち』とはかなり違う。生きることがそのまま冒険となるこのキツネの世界の魅力は、なんと言っても作者の鋭い自然観察に基づくキツネの生きるための知恵である。
 『風にのって走れ』の導入部は自然だ。ブラックチップとファングが雌のヴィッキーをめぐって闘う。ブラックチップが勝つが、絶滅寸前の危機にキツネ同士殺しあう場合ではないと言って、ヴィッキーは重傷を負ったファングを助ける。そして白ギツネの谷の伝説を知っている、盲目だが知恵者のセージブラシじいさんを呼んでくる。この四匹と仲間に加わった三匹のキツネたちは、空の走るキツネ星(北斗七星)の尻尾を目じるしに生き延びる秘密を探す旅に出る。後で仲間になった三匹は、前足をくいちぎって罠からのがれた三本足のホップアロングと無鉄砲なスカルキング・ドッグと雌のシーラだ。
 旅は、生きるための知恵を身につけていくエピソードでつなげられる。それぞれのエピソードにはセージブラシじいさんのヒントがある。野ウサギとジャンプ力を競うホップアロングが月をかじったと思わせてウサギに勝ったり、スカルキング・ドッグが太陽光線を集める反射鏡を利用して猟犬を混乱させ人間に捕まっていたシュネッドを助けたり、羊の囲いに誘いこんで獰猛な野犬を出し抜いたりする。ヴィッキーの出産が近づき、一行は谷にもどってくる。
 『地にむかって走れ』では、ヴィッキーとシュネッドとシーラが子を産む。しかし、シュネッドの子は一匹を残して猫にとられてしまう。雄ギツネたちが協力して猫を池に追いつめるシーンは胸がすく。人間が造るダムで谷が水没するという危機がせまる。キツネたちはアマグマやネズミなど他の動物たちを説得しダムに穴をあける。ダムは完成するが、地下の川のおかげで伝説通り谷は沈まなかった。
 『走れすばやく、走れ自由に』のセージブラシじいさんによる仔ギツネたちの教育には感心させられる。鬼火が出る沼地を目をつぶって渡らせたり、タマゴのわれ方でヒナがかえったのか他の動物が食べたのかを知ったりする。猟犬と闘わせるために人間に捕まったアナグマを水がつたってくるパイプを利用して仔ギツネたちが助けるエピソードは圧巻だ。
 ブラックチップ(尾の先が黒い)、ファング(牙)、ホップアロング(片足でとぶ)などキツネの名前のつけ方も、それぞれのキツネの特徴を示していて印象に残る。また謎めいたことを言う変わり者ラットウィドル(ネズミのおしっこ)などわき役も目をひく。ただヴィッキーをぬかして、雌ギツネには名前の特徴も個性もないのはどうしてだろう。
 トム・マコックレンがこの三部作を書いたのは、自分の子どもたちにアイルランドを舞台にしたおもしろくて、自分のメッセージを伝える作品が欲しかったためと、キツネの密猟に抗議したかったためだという。マコックレンのメッセージとは、学び自分の力で考えるという生きるための姿勢である。「走れすばやく、走れ自由に」と旅立っていくチビのブラックチップにむけたヴィッキーの叫びは、若者にむける作者の叫びでもある。キツネにたくしたマコックレンのメッセージを日本の若者にも伝えたいと思う。(森恵子)
図書新聞 1992年1月1日