少年の海

横山充男
文研出版 1983

           
         
         
         
         
         
         
         
    
 一昨年の例会の時に読んで、そして今、二度目を読み終えました。前に読んだとき、こんなに泣けたかなと思うくらい、ところどころで感動したり、心ゆさぶられたりしながら読みました。
 主人公である六年生の少年たちのひたむきさや、けなげさ、境遇に立ち向かう姿に対して泣けてしまいました。

 人間の持てる力に感動します。12歳ってすごい!と感動します。私が12歳の時、はるか33年前になりますが、どんなだったかなーと思い出したりもしています。

 主人公は、太、ヤッチン、恵子の三人。N市にある御船神社の年に一度の祭礼の日に行われる、一生に一度っきり、六年生の男の子だけが参加できる“遠泳"に無謀にも参加しようとする、太とヤッチン、そして恵子の物語です。なぜ無謀かというと、太もヤッチンも、海がこわくて、プールで25メートル泳ぐのがやっと、というのですから。でも泳いでみたいんですって。なんだか解ります、その気持ち。でもあと一週間で、どうやって泳げるようになるっていうのでしょう。太は、強い味方をみつけます。太の住むアパートの管理人の米田老人です。年はとっていても的確で無駄のない指導でした。読者であり、10メートル程しか泳げない私でさえ、今度海へ行った時には、遠くの小島まで泳げるにちがいない、と本当に思ってしまっているほどです。この次の夏にはきっとすいすい平泳ぎをしていると思いますよ。たぶん。

 太は、お母さんと、二人の弟との四人家族です。お父さんは、3年前に海の事故で死んでしまったのです。お母さんは海で泳ぐことに神経質になっています。遠泳に出ることを、打ち明けることに、とても勇気の必要だった太でした。反対はできなかったお母さんでしたが決して賛成している訳では無いのです。いつも心配で胸がドキドキしながら見守っている、というのです。自分の意見を子どもに押し付けたりしない、すてきなおとなです。看護婦という仕事をしながらしっかり子どもの心をつかんで、きちんと子どもを育てている人です。三人の子どもたちは、人の気持ちのわかる、やさしい人に育っています。ヤッチンは、漁師のあととりですが漁師にではなく、天文学者になりたい、と考えています。でもまだお父さんには打ち明けられません。漁師の家の子ですが、海がこわくて、遠泳は無理と思っていますが、“泳いでみたい"と思っています。お父さんからは、ひとこと「死ぬ気で泳げ」とのアドバイスを受けています。
 そして恵子は、遠泳が終わったら引っ越してしまいます。今住んでいるのは、お母さんの妹の家です。でも彼女が結婚することになったので、お父さんと、お父さんの親しい奥さんと一緒に暮らすことに決めたのです。実の母から虐待を受け悲しい境遇に傷ついているのですが、幸いにも、やさしい人たちに恵まれ、すてきな女の子に育っています。遠泳に挑戦する太とヤッチンを、応援旗を作って応援することで、遠泳を、共に戦いたいと思っています。恵子の存在は、二人の男の子にとっては、とても励みになりました。初恋でもありましたので…。それぞれの境遇の中で、心の動きがよく表されています。六年生って多感です。おとなの気持ちを理解して冷静に見つめ、誰をも憎んだりしていません。美しい心です。登場するおとなたちも、とても暖かい目で子どもたちを見ています。そして育てています。話はそれますが、子どもというのは、親だけが育てるものではないと思うのです。昔あったように、今も無いとは言い切れませんが、この本に登場する大人たちのように、地域で育てるものでもあるはずです。働く母親が増えた現代では、そのことが不足していることにより、人との関わり合いが 希薄になり、淋しい子どもたちが増えてきているようなのです。考えていかなければならないことです。

 さて、本の話に戻ります。作者の文章表現が、なかなか面白いのです。「コプコプコブブン」と水の音を表したり「海面に太陽が乱反射して破片がとびちっている」などなど、擬音が面白かったり、風景描写がきれいなのです。好きな表現がたくさんありました。いよいよ遠泳がはじまり、自信のないまま泳ぎ始める二人でした。太が泳いでいる間の気持ちの移り変わりがとてもリアルに描かれていて、一緒に泳いでいるかに感じさせられ共感してしまいました。葛藤があり、回想があり、落ちこんだり、はげまされたりしながら、一生懸命泳いで、泳いで、ようやく完泳できたのです。太自身、もう前の自分では無い、と感じています。この1時間35分の間に、心身共に成長した少年の姿がここにありました。太とヤッチンが流している感動の涙に共感して、私の目からは、たくさんの涙があふれ出ました。とても嬉しくて、あと味さわやかで、読んでよかった一冊となりました。(岩井准子)
たんぽぽ17号
テキストファイル化原田 由佳