少年キム

ラドヤード・キプリング著

斎藤兆史訳 晶文社

           
         
         
         
         
         
         
     
 非常に多くの人たちがキプリングの最高作と評し、一方で帝国主義と白人優位意識があからさまな作品と非難もされる。イギリスの植民地だった時代のインドを舞台に、愛国詩人ともてはやされた作家の手になるものだから、そうした非難はまぬがれがたい。そこが許せないという人は、むろん読まないだろう。
 しかし、これほど不思議な魅力のある小説も珍しい。イギリス人の孤児で、インド人に育てられて現地の言葉と英語を自在に話し、しかも抜け目なく機敏な少年キムが主人公。
 彼は、釈尊の放った矢が落ちて泉がわきだした聖地をもとめてチベットからやってきた老ラマ僧の弟子になって、インドを放浪するうちに、ラマ僧の援助で学校に入り数学や測量を習得し、聖地探求と同時に、イギリスのスパイとしても活躍する。
 二つの世界の顔を持つキムは、同じ作者の代表作『ジャングル・ブック』のモウグリと同質の魅力を持つ。
 この少年を供にして聖地をさがす老僧、この僧から尊敬を受けるラホールの博物館の館長、馬商人でイギリスの諜報組織に属しているマハブブ・アリなど、特異な人物たちが入り交じる、この活気にあふれた一種猥雑な世界は、人間の不思議さを実に豪華に実感させてくれて、飽きることがない。
 その人間たちを包んで光と影の交差する背景も印象的。(神宮輝夫)  
 
産経新聞 1997/07/01