ダンクトンの森

ウィリアム・ホーウッド

中村妙子訳 評論社 1987

           
         
         
         
         
         
         
     
本書は三巻から成るモグラの世界を描いたハイファン夕ジーで、ブラッケンとレべッカがついに愛を見出すまでの苦闘の一大叙事詩である。ブラッケンとレべッ力の愛の行方は、モグラの世界の信仰の大本である大岩の力と深く関わっている。
上巻ではブラッケンとレべッカの出会いが語られる。夕ンクトンのシステムはシアポドからやってきた凶悪なマンドレークの支配下におかれ、マンドレ- クは伝統ある夏至の大岩詣りを禁止する。しかし長老のハルヴァーは大岩詣りを強行する。ブラッケンはこのハルヴァーから、大岩の恵みのこと、学者モグラのこと、古のシステムのことなどを教わる。大岩に夏至の祝福の祈りを唱えたハルヴァーは殺され、それを助けたブラッケンは重傷を負い古のシステムに逃げこむ。一方のレべッ力はマンドレークの娘で薬師の資質を備えている。その年の九月、ブラッケンとレべッカは大岩の脇で運命的出会いをする。
中巻、下巻ではブラッケンとレべッカの愛は大岩の力によって翻弄される。草池族のケアンとつがったレべッ力にマンドレークの怒りが爆発し、ケアンもレべッ力の子どもも殺される。絶望し生に対する信頼を失ったレべッ力は、冬至の祭りの夜大岩のもとでブラッケンと再会し生きる希望を取戻す。心の通い合った二匹だが、マンドレークに対する諜反に巻き込まれブラッケンは沼地に逃げレべッカは草地族の所へ逃げる。翌年の夏至の夜、草地族とダンク卜ン族の戦いの最中に二匹はまた大岩のもとで再会する。そこでブラッケンは草地族の攻撃する悪の化身ルーンを攻め撃退するが、その際レべッカの必死の願いも聞かずレべッカを守ろうと現われたマンドレークを殺してしまう。ブラッケンはダンクトンの指導者となるが、レべッカとの間には深い溝ができそのためブラッケンの大岩に対する信仰さえ揺らいでしまう。
しかしそこへ疫病の嵐が襲いかかり、薬師のレべッカまでが病に冒される。嵐が去った後、二匹の心は再び通い合う。大岩はここでもまた二匹を離ればなれにさせる。九月、救われたことを風の大岩に感謝するため、レべッカを残しブラッケンはボスウェルとアフィン卜ンに向う。ポズウェルは古書に記された七番目の静かなる石を捜しにダンクトンを訪れていたアフィントンの学者モグラである。二月にアフィントンに着いたブラッケンは更にシアボドの大岩に向うことになる。ダンクトンでブラッケンとレべッ力が結ばれるのはそれから二年(モグラには二十四年)も先のことである。
以上のように本書は、ブラッケンとレべッカの愛に象徴される愛と大岩に象徴される大いなる力の物語である。特にハルヴァーに言わせた大岩信仰についての言葉は作者の苦悩する現代人へのメッセージであろう。「大岩に対する信仰と祭が秘事となる時代がときおり狭まりはするが、そうした信仰は、目に見えぬ力に信頼する、頑固で勇敢な少数者たちによってのみ、新しい世代に伝えられていくだろう。そのような信仰こそ、食べものや巣穴にはるかにまさるものではないだろうか。」
本書は英語圏でべストセラーになり、『指輪物語』や『ウォー夕ーシップダウンのうさぎたち』に比せられる現代の古典といわれているそうだが、この二作品と本書を比べてみよう。本書がモグラの世界を描いたハイファン夕ジーということから、まずモグラの世界を見てみよう。舞台となるのは南英の丘原でそれも太古の巨岩があるというソールズべリーから北ウェールズにかけての地方。そこには学者モグラたちが住む聖なる穴のアフィントンを中心に七つの大システムがあり、モグラたちはストーンへンジの太陽信仰に関わりがあるとみられる大岩信仰をもっている。アフイントンの書庫にはモグラの世界の昔からの記録がある。ボズウェルが捜す七番目の静かなる石も古書の中に記されていたのであり、ブラッケンとレべッカの愛の物語は二匹の子で学者モグラとなったトライファンが記録したものである。自動車のことを呪えるフクロウというなど作中の描写は全てモグラの目から見たように描かれ、またモグラの行動の主な部分は食べることと交尾である。
現実に即したモグラの生息地やモグラの目から見た描写や食べること交尾することなどは、モグラの生態に忠実で『ウォーターシップダウンのうさぎたち』と同じである。物語が記録されている点や大岩の力の存在などのモグラの世界の構築は『指輪物語』を思わせる。二のように本書は二作品の要素を合わせ持っているが、本書が二作品と決定的に異なる点は男女の愛が主題になっていることである。動物ファンタジーの場合、主人公の動物としての側面がはっきりしすぎていて愛を主題にしにくいのだが、本書では大岩の力と関連させてうまく扱っていると思う。
また本書の自然描写は一級品である。ダンクトンの森のにおいに包まれ、ブラッケンとレべッカの愛の結末にほっとして、久しぶりに読みごたえのあるファン夕ジーを読んだという充実した読後感を味わった。 (森恵子)
図書新聞1987/11/21