タートル・ストーリー

樋口 千重子・作
広瀬 弦・絵 理論社 1997.12

           
         
         
         
         
         
         
     

 首都圏の小学生には、亀を飼っている子が多い、また意外なことに亀の逃げ足はかなり早いということを新聞のコラムで読んだ。日本では住宅事情や親の都合で犬や猫の代わりにということらしいが、これから紹介するのはマンハッタン郊外の入江の町での少年と亀の物語である。
 飛び級で四年生になったデイビッドは級友から黙視されていたが、ある日マモルに声をかけられ、毎日が楽しいものに変わっていく。しかしそのマモルも、父親の転勤で日本に帰ってしまう。連れて帰れない位大きくなった亀の亀吉をデイビッドに託して。
 はじめて家に連れて帰った夜、亀吉は突然しゃべり出す。「デイビッド、そのカメキチっていうの、やめてくれないかしら」彼女は話し続ける。自分の意志でここに残ったこと、タートルと呼んでほしいこと、ペットではなく対等な友だちとして暮らしたいこと等を。
 自立心旺盛なタートルとの生活はなかなかにエネルギーのいるものだった。マンハッタンに連れていく苦心、迷子になったタートル、高名な海洋学者との海亀か陸亀かのやりとり。新聞に載ってしまったタートル…。
 一方で、学校へ行きたくないデイビッドの気持ちを知りながら何もいわず一緒にいてくれるタートル。涼しい木陰での機知に富んだ会話。デイビッドは今までにない豊かな時間に浸り切っていた。しかしそんなデイビッドにタートルは、人間の友だちを持つこと、別れを否定的に捉えてはいけないことをさとし、夏休みがやがて終わろうという頃、海へ還っていく。
 少年期の繊細な心と、それを受けとめるタートルのきっぱりとした人格が、言葉を選んだ文章から伝わる。別れの後デイビッドは学校生活に馴染んでいくが、七年後の今も彼が再会を待っていることに答えるように、どこからかこちらを見つめるタートルのまなざしがいつまでも心に残る。(千代田 眞美子
読書会てつぼう:発行 1999/01/28