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注1 弘文社の明治20年の広告に Japanese Fairy Tale Series No.1-20 Well-known set, neatly boxed と記されているように、20冊で一まとめと考えていたようだし、今手にする「日本昔噺シリ−ズ」も20冊であり、その中の NO.16はThe Wonderful Tea-Kettle(ぶんぶく茶釜)になっている。しかしはじめの企画では No.16は著者は同じジェイムズ夫人であるが、The Wooden Bowl(鉢かづき)であった。
 私が所蔵している Japanese Fairy Tale Serise No.16 The Wooden Bowl(明治20年11月22日出版)は平紙で12×18と大判のものである。The Wooden Bowl は普及サイズ(10×15)のちりめん本で出たこともあり、梅花女子大学図書館には、ちりめん本の The Wooden Bowlと The Wonderful Tea-Kettleの二冊がある。それ故20巻21冊と記した。このことに最初に言及されたのはアン・ヘリング氏で、古書通信(昭和58年2月号)にすり替えの事情について憶測しておられるが、未だになぜ替えたのかの理由はわからない。
注2 明治20年の段階では1〜20のセットの続きに次のようなものを広告している。
  21 Mrs.T.H.James: Three Reflections.
  22 Mrs.T.H.James:The Flowers of Remembrance and Forgetfulness.
  23 L.Hearn:The Boy who drew Cats.
  24 L.Hearn:The Old Woman who lost her Dumpling.
  25 L.Hearn:Chin-Chin Kobakama.
   そして second series として新たな番号をうっている。
  1  L.Hearn:The Goblin Spider.
  2  Mrs.T.H.James:The Wonderful Mallet.
  3  Mrs.T.H.James:The Broken Images.
   おそらく後にハ−ンのものだけを大判としてまとめたのだろう。
注3 瀬田貞二『落穂ひろい』下  福音館 1982  216p
   太田雄三『BHチェンバレン』 リブロポ−ト 1990
    1890(明治23年)にハ−ンが来日して以来、二人の間に親交があったことが記されている。
注4 瀬田貞二前掲書 100p
注5 池田雅之訳編『おとぎの国の妖精たち』社会思想社 現代教養文庫  1995
注6 小宮屋寿は武次郎の妻である。武次郎はもともと西宮家の次男として1853年に生まれているが、25才の時長谷川家の養子となった。西宮家の系譜については後に武次郎の後を継ぐことになる西宮与作をも含めて、「白百合女子大学児童文化研究センタ−報」No.13(1994,7,31)に掲載の鈴木あゆみ氏の「長谷川武次郎と縮緬本について」におうところが多い。
注7 瀬田貞二 前掲書 100p
注8 Things Japaneses. 1894
   高梨健吉訳『日本事物誌』1、2 平凡社 昭44 東洋文庫131147
注9 小桧山ルイ『アメリカ婦人宣教師−来日の背景とその影響』東京大学出版会 1992
注10仏訳「日本昔噺シリ−ズ」( Les Contes du Vieux Japon)20冊の内容は英訳のものと全く同じである。
No.16 La bouillotte du bonheur.(文福茶釜)は Jules Adam の訳であるが、それ以外は全て J,Dautremer訳述とある。Jules Adam は明治19年5月の伯爵井上馨に宛てた外務省文書で「仏国公使館通訳官見習い」とあり明治29年2月には「横浜在勤務を命ぜられたるアダム氏公使館付一等訳官に任ぜらる」とある。また34年には「仏国公使館通訳官アダム氏結婚通知の件」という文書も見られる。西堀氏から頂いた外務省資料としては、次のものもある。「Adam: Eleve diplome de L'Ecole des langues orientaless.Eleve interprete de la Legation de France,attache a Yokohama,secretaire de la Legation de la France de 1 classe.  J.Dautremer: Interprete de 2 classe.」特にアダムはパリ東洋語学校の出身で、日本語に堪能であった。これらの記録から仏訳者二人の身分は判明した。
注11前掲書『日本事物誌』16p〜19p
注12前掲書『B.H.チェンバレン』287p
注13稲田浩二監修、浅井亨編『アイヌの昔話』日本放送協会 1972
注14稲田浩二『日本昔話通観』1 同朋社 1990
注15福家重敏『ネズミはまだ生きている−チェンバレンの伝記−』第五章 帝国大学教授 第二節アイヌ研究 雄松堂 1986
注16前掲書  234p
注17前掲書  235p 236p
注18前掲書  235p
注19前掲書  244p


  参考文献

チェンバレン著、高梨健吉訳『日本事物誌』1、2 平凡社 1969
福家重敏『ネズミはまだ生きている−チェンバレンの伝記』雄松堂 1986
太田雄三『B.H.チェンバレン』 リブロポ−ト  1990
太田雄三『ラフカディオ・ハ−ン−−虚像と実像』 岩波 1994
池田雅之訳、編『おとぎの国の妖精たち』 社会思想社  1995
ジョン・バチェラ、河合裸石意訳『アイヌの炉端物語』富貴堂書房 1925
W.G.アストン著、川村ハツエ訳『日本文学史』七月堂  1985
小桧山ルイ『アメリカ婦人宣教師−来日の背景とその影響』
                       東京大学出版会 1992
佐藤マサ子『カ−ル・フロ−レンツの日本研究』 春秋社  1995