西風のくれた鍵

アリソン・アトリー

石井桃子、中川李枝子 訳 岩波少年文庫 1996

           
         
         
         
         
         
         
     
 これは軽い本である。岩波少年文庫の新刊だから、というのではなくて、お話の中身のことだ。といってもお手軽というのとは違う。筋の運びかたがかろやかなのだ。
 西風がなぞなぞをしかけて落としてくれる木の実の鍵を使って、カエデやトネリコの木をあけると、そこには長い時間をさかのぼったもう一つの世界がひろがっていた、という標題作など六編の短編がおさめられている。分量もちょうどいい。図書室で借りてきて、夕飯までには一つ読める。あとは明日にとっておくのもいいし、寝る前にもう一つ読むのも悪くない。
 ピクシー(小妖精(ようせい))や魔法使いが出てくる昔話ふうのこういう物語を、いまの小学生はバカらしいと思うだろうか。それとも、時間さえ許せば、こんな物語世界に心を遊ばせてみたいのであろうか。ゆったりした気持ちで読めば、「あっ、この感じ、ぼくも知ってる!」と思うようなディテールに出合い、小さな胸騒ぎが起こる。
 この本を読まないと友だちの話についていけない、というものではない。まわりではだれも話題にしないだろう。だが、ある日、図書室でひとりの子どもがなにげなくこの本を手にとる。そして、その夜、やさしい夢をひとつ見る。そういう本があっていい。もっとあっていい。(斎藤次郎)

産経新聞 1996/05/31