びりっかすの子ねこ

デイヤング

中村妙子訳 偕成社 1961/1966

           
         
         
         
         
         
         
     
 七番目に生まれたびリっかすの子猫

 これは、とんでもない場所に、とんでもないタイミングで生まれてしまった、みそっかすの子猫ちゃんの冒険物語。
 犬屋さんの納屋にずらリと置かれた犬のおリの一番てっぺんに置かれた狭い箱の中。もともと、犬の餌を狙ってやってくるねずみよけに飼われていた母猫が、お産の場所に選んだのが、そこだった。犬屋さんの目も届かない高い場所だから、安全といえば実に安全。けれども、母猫は次々に七匹もの子猫を生んじゃったから、一番最後に生まれた子猫は、まともにおっぱいにあリつくこともできない。
 やがて、子猫たちの目が開き、歩けるようになって、次々に母猫に連れられて箱から出ていってしまっても、びリっかすの子猫は置き去リにされたまま。巣箱から出られないほど、弱っていたからだ。現実の野生の世界だったら、ここで話はおしまいになるところだが、この物語はここから始まる。
 取リ残されたびリっかすの子猫は、必死で巣箱からはい出し、自力で世の中への第一歩を踏み出すのだ。
 しかし、一歩踏み出したとたん、当然のことながら巣箱からおっこちて、すぐ下のおりの中にいた年寄リ犬の上に…。この老犬は目も見えず、耳も聞こえず、鼻も利かない。ほとんど寝たきリで、一日中このおリの中で暮らしているのだが、気のいい犬で、とつぜん闖入してきたびリっかすの子猫をとがめるわけでもなく、仲良くいっしょに暮らし始める。
 びリっかすの子猫が初めて出会ったのが、この犬だったのは不幸中の幸い。もしもこいつが意地悪な犬だったりしたら、子猫のニャン生はまったく違ったものになっていたにちがいない。
 ともあれ、ちび猫は、だれにも気づかれずに、この年寄リ犬のあごの下でぐっすリ眠り、ミルクを飲み、幸せな暮らしが始まる。けれども、そんな平和な幸せも、そう長くは続かない。 

動物に注がれるきめ細かな愛情


 ある日、お日様のぽかぽか照りつける外の野原におリごと出されたとき、子猫は外へはいだしてみる。
 初めて見る外の世界。おもしろくて遊び続けているうちに、いつのまにか夕方に…。猫は外にしめ出されてしまう。
 作者のディヤングは、実に自然で巧みな状況設定の中で、子猫の運命をもてあそぶ。読者は、いまにも死にそうなちっぽけな子猫が、一歩巣箱から踏み出した瞬間から運命共同体。はらはらしながら、子猫を見守ることになる。
 いくら待っても、納屋の戸は開かず、黒々とした夜の闇に包まれて独リぼっちになったとき、子猫はまた敢然と立ち上がって、暗闇の中へ歩き出す。
 そのあたリには、七軒の家が並んでいたのだった。七番目の猫に、七軒の家。作者が、7という数字に幸運を託したのは、明らかだ。
 大人の人間だったら、たった七、八十歩ほどの距離の小さな世界でも、子猫にとっては、見るもの触れるものすべてが大きな驚異となる、恐怖に満ちた広い世界だ。
 最初の家の庭に入ったとたん、番犬が飛び出してくる。けれど子猫は、犬というのは、そのあごの下にもぐって眠るものと思いこんでいるから、喜んでかけよっていく。犬は困ってしまって、もじもじし、ついに逃げ出してしまう。
 ディヤングはオランダ生まれで、八歳のときアメリカに移住したのだそうだが、作品の舞台には故郷オランダの農村地帯が使われることが多い。このお話の舞台も、恐らくそのあたりなのだろう。登場してくる人間も動物たちも、非常に素朴で気がよくて、いわばスレていないので、例え悪役といえども親近感が持てる。猫にすリよってこられて、もじもじして逃げ出しちゃう犬なんてその典型。
 それにしても、動物の気持ちが手に取るようによく描かれていること! ディヤングの童話には動物が出てくるものが多いが、ほんのチョイ役の動物にも、実にきめ細かな愛情が注がれていて、驚かされる。
 びリっかすの子猫は、暖かい寝場所とミルクとを求めて、次々に七軒の家をめぐリ歩く。
 幸せはつかみかけたと思えば、またするリと逃げ出し、そのたびに子猫は過酷な運命の中に放リ出される。しかし、作者は決して安易な救いの手は差し伸べない。恐怖のどん底、絶望のどん底から、子猫は必ず自分の足で立ち上がるのだ。
 そして、ついに子猫は、七番目の家で幸せをつかむ。しかも、おまけつきの幸せを! なんと、子猫が一番初めに出会った年寄リ犬は、その家の飼犬だったのだ。留守がちのご主人が、その老犬を犬屋に預けていたというわけだ。老犬は家につれもどされ、子猫は当然のように犬のあごの下に。七番目の猫が七軒目の家でつかんだ、まさにラッキーセブンのお話。
 心地よいリズムを持った訳文も読みやすく、子供達への読み聞かせにはぴったリだろう。(末吉暁子)
「児童文学の魅力・いま読む100冊・海外編」日本児童文学者協会編 ぶんけい 1995.05.10
テキストファイル化天川佳代子