ぼく、ネズミだったの!

フィリップ・プルマン作/ピーター・ベイリー絵
西田紀子訳/偕成社

           
         
         
         
         
         
         
     
 ある夜、靴直し職人の老夫婦のところに「ぼく、ネズミだったの」と、少年が訪ねてくる。名前を聞くと「わすれちゃった」としか言わない。どこかの使用人だったのか、汚れてボロボロだけど立派な制服を着ている。食事を出すと、いきなり口をつけてガツガツ食べ、本当にネズミみたいだ。老夫婦は、その少年に礼儀を教え、市役所で身寄りを探すが見つからない。警察や孤児院に行っても埒(らち)があかない。
 世間知らずで純真無垢(じゅんしんむく)な、ネズミだったという少年は、学校では担任を怒らせ、校長と大乱闘。あちこちで騒動の種となるのだが、そのあたりはユーモラスで楽しい。見世物小屋に出されたり、悪い奴らに利用されたり。可愛そうな少年のスリリングな逃走劇と並行して、王子様の婚約にまつわるゴシップ新聞のニュースが随所に挿入されている。これがミステリアスな少年の正体と関わってくる巧妙な仕掛けなのだ。

 少年は、マンホールに姿を隠すが、「下水管のモンスター」と話題になり、ついに捕らわれる。ゴシップ新聞はいつのまにかモンスター記事中心になり、世論をモンスターの処刑に向けて煽(あお)るのだが、少年を我が子のように思って行方を追い求めていた老夫婦が、間一髪のところで救出に成功する。メディアと大衆心理へのエスプリも効かせた、『黄金の羅針盤』の作者による奇想天外・痛快変身物語だ。(野上暁)
産經新聞2000.10.24