ブロックルハースト・グローブの謎の屋敷
メニム一家の物語

シルヴィア・ウォー 作
こだま ともこ 訳 佐竹 美保 絵
講談社 1995.10

           
         
         
         
         
         
         
     
 メニム家にオーストラリアから舞い込んだ一通の手紙──そこには、一家の住むこのブロックルハースト・グローブの家を、伯父の死により相続したので、一度お訪ねしたいとありました。メニム一家は大あわて……実はこの家族、全員が等身大の布の人形だったのです。
 よくこんな話を思いついたものと感心しながら読んだのですが、あとがきで納得。飛行機嫌いで海外へは一度も行ったことがなく、生まれた土地でずっと暮らしてきたという著者。街のことなら、どの家にどんな木や花があるかまで知っていることでしょう。そして、その住宅街に、あまり人づきあいをしない一家が住んでいる。ひょっとしたらあの人たち、人形かもしれない……だとしたら…という風に話ができあがったのかもしれません。
 著者の想像力は、外へ向かうのではなく、自分の知りつくした小さな街で、生き生きと動きだしたのです。布の人形たちですから、行動範囲は限られます。その小さな世界を舞台に、著者が蓄えてきた人間観察を人形たちに託して、家族の愛と絆を演じさせたのです。
 人間の心を持つメニムの家族、しかしそこで営まれる生活はすべて“ごっこ”つまり“人間ごっこ”なのです。何ともいえない、ほろにがいユーモアが漂います。そして「極めて英国的」な世界がたち現れてくるのです。
 この春、ひと月、イギリスを旅しました。歩きまわった街のそこここが、うかんできます。ひとときかかわりを持った人たちが、メニムの誰彼と重なります。私にとっては、イギリスの旅をたどりなおすような、楽しい読書でした。
 処女作でガーディアン賞を射とめた筆の勢い、まだまだ続きそう。二巻『荒野のコーマス屋敷』(一九九六・四)刊。三・四巻も刊行予定。(藤江 美幸
読書会てつぼう:発行 1996/09/19