不思議な黒い石

ジル・ぺイトン・ウオールシュ

遠藤育枝訳/ 原生林

           
         
         
         
         
         
         
    
 父親の仕事の都合で「まったいらで木もはえてないずんべらぼー」の士地に引っ越してきたジェームスが、初めに友達になったのは、隣の家のサムソンじいさん。次に、おつかいに行った店の外で、トレイラーで暮らしているという女の子アンジェイと知り合った。でも、転校した学校では、なかなか友達ができない。子どもたちは「団地の子」と「村の子」に分かれ、ジェームズを入れてくれない。「村」の少年たちに引かれながらも、 ジェームズはまず、サムソンじいさんに頼まれたことをやりとげようと考える。じいさんは、昔住んでいた家の跡に、不思議なおまもりを隠したという。体が弱って身動きできなくなった今、ぜひそれを取り戻したいけれ ど、頼める人がいないのだという。じいさんの言う道順は、もうなくなった家を勘定に入れていたり、家の跡自体も茂った草に隠されていたり、この上地に来たばかりのジェームズにはわかりづらいことばかり、アンジェイの助けを得てようやく突き止めたが、そのころには「村」の少年たちのリーダー、テリーが、「小道はおれたちのものだ」「うろうろするな」と、ジェームズを敵視し始めていた…。
 「不思議な黒い石」は、「新しい土 地」に根を下ろそうとする子どもの物語。この本ではまず、その「新しい土地」…遠い遠い教会の塔が唯一の目印になるようなイギリスの平地の雰囲気が、とてもよく描かれています。その平地が、洪水のために静かに水浸しになっていくようす。…洪水のせいでボートが必要になったジェームズとアンジェイは、テリーのボートを借りるのですが、そのために勇気比べの挑戦を受けることに・・・? この本でもう一つ忘れ難いのは、「ダムの上を歩く」という無謀な勇気比べに先に挑んだテリーと、助けようとしたもう一人の少年とが 大けがをしたその夜、ジェームズが、「自分もダムの上を歩く」と「自分で決める」場面です。
「今だ。やるとしたら今しかない」
…十代のころ、昨日と同じ一日だと思っていた「今日」が、ふいに「特別な日」になったことがありませんでしたか? ものすごい密度でいろいろなことが起こり、その中で自分が考えたこと、したことが、「あとあとまで大きな意味を持つ」と自分でもわかっている、そんな一日。この本には、心が一気にぐっと伸びるような、子どもの「特別な一日」が、鮮やかに捉えられているのです。大人には秘密の、危険な、でも胸の躍る、節目の日。同じ著者の「夏の終わりに」 (岩波書店)も、十代の女の子を鮮やかに描いたいい本です。(上村令
徳間書店 子どもの本だより「児童文学この一冊」1996/3,4