星兎

寮美千子著
パロル舎 1999

           
         
         
         
         
         
         
     
 主人公のぼくは、嫌なヴァイオリンのレッスンをさぼってショッピング・モールを歩いていると、二本の長い耳をレーダーのように立てた等身大のうさぎに出会う。ぬいぐるみかと思ったがそうじゃない。ドーナツが好物で、どこから来たのかも判らないこの奇妙な兎とぼくは、だんだん仲良しになり、二人だけで真夜中の街を彷徨する。
 夏の花火の夜みたいに賑やかな海岸通りでも、行き交う人々に二人の姿は目に入らない。海岸には不思議な物を売る夜店がたくさん並んでいる。棒の色と同じ淡い光を放つ綿菓子を売る店。暗い水の中でネオンのように光りながら泳ぐ金魚。星のように光る金平糖を煙突に入れると、煙を吐きながら空に上っていく模型の汽車。手のひらに載るほどの針金細工の小さな鳥籠を宙に放り投げると、それがパーっと広がって巨大な籠に変身する。二人はそこで回転木馬に乗ったり綿菓子を食べたりして楽しんでいると、夜店がみんな黄鉄鉱の結晶みたいに凝縮し、流れ星の群が空に戻るように、閃光を放ちながら空に駆け上る。そのとき、うさぎは自分がほしうさぎだってことを思い出す。

 青白い月の光の中に照らし出された幻想的な物語世界が、なんともいえない哀切な気分を呼び起こす。それは、“子どもの時間”への挽歌なのか。ベルギーのシュールレアリスム画家、ポール・デルボーの描く夜景のように妖しく魅力的な作品だ。(野上暁)
産経新聞1999/07/20