パパあべこべぼく

メアリー・ロジャーズ

斉藤健一訳 福武書店 1989

           
         
         
         
         
         
         
         
    
 「だれか、ほかの人と入れかわりたい」
 こんな願いが実現して、十二歳のベンと四十四歳のパパの体が入れかわってしまう。さあ、大変! 読者を思いきり笑わせてくれるアメリカの一冊。
 たとえば、体が入れかわって大喜びのベンと大あわてのパパが喫茶店にいくとこうなる。ひげをはやし、ビジネススーツをびしっと決めた大のおとなが、けんけんをして、スキップをして、回転ドアめがけてすべりこむ。「おい、きみ!」と大声でウェイトレスをよんで食べ物を注文するのは、ベンの体のパパ。ウェイトレスがびっくりして見まもるなか、ベンはブラックコーヒーとジュースをパパと交換し、ジュースをチューチューと音をたててすする。勘定を払うのもパパに催促され、チップの出し方を習ってからだ。極めつけは、「ひげにゼリーがついてるじゃないか!」と、腹だちまぎれにパパが紙ナプキンをぬらして、ベンの顔をゴシゴシふく場面だ。唖然としたウェイトレスの顔が目に浮かぶ。
 さて、物語はどう展開するのか。ベンとパパの体が入れかわるのは、二人が同時にそう言った時だ。ベンは夏休みのキャンプに出発するところで、親友のダックに、ロサンゼルスに行くパパと入れかわりたい、と言い、パパはトイレで、キャンプの責任者に話を合わせて、かわれるものなら息子と入れかわりたい、と言う。体が入れかわった二人は、パパはベンが行くはずだったキャンプへ、ベンは映画会社の重役としてロサンゼルスに行くことになる。
 キャンプにはベンの姉のアナベルも運営助手として参加している。キャンプ場でのパパとアナベルのやりとりもおかしい。ところで、パパがベンの代わりをするのはまだしも、一足飛びに大人になったベンがパパの代わりをするのは無理というものだ。そこのところを十分承知で著者は、パパの仕事の内容にはほとんどふれず、人事と引っ越しとゴシップに的をしぼる。物語はパパとベンのそれぞれの視点から交互に語られていく。
 会社で経営陣の大幅な交替があって自分の将来も心配なパパは、キャンプどころではない。キャンプに行かないですむように、バスに乗る前に泣きわめいてみせたり、キャンプ場からロサンゼルスに長距離電話をしたり、はてはこれも家に帰りたいダックとキャンプ場の自動車を無断で動かして脱出したり必死の抵抗を試みる。しかしいずれも失敗し、ベンから会社の副社長になったという電報をうけとると、その後は観念して積極的にキャンプ生活をおくる。意気地なしのいい子ちゃんのベンとちがって、人をおしのけてもという根性のあるパパは、テニスや水上スキーに活躍して週間最優秀賞をもらう。でも、おかげで、親友のダックとの仲は気まずくなる。
 一方、かっこいいあこがれのパパの体に入って意気揚々とロサンゼルスに向かったベンは、飛行機の中で、こともあろうに芸能レポーターに新しい女性社長のあだ名を言うという大失敗をやらかす。てっきり首かと思いきや、社長はベンが気にいって、副社長にしたいと言う。しかも社長はベンの三年生のときの担任でベンが大好きなムーン先生だった。副社長になるにはニューヨークからカリフォルニアに引っ越さなくてはならない。ベンはすぐさま承諾して家さがしを始めるが、話を聞いたママは怒りだす。ママはニューヨークの博物館で働いているのだ。パパとママには離婚の噂がながれ、思いあまったベンはムーン先生にパパと入れかわっていることを打ち明ける。先生はベンに休暇をくれる。キャンプ場でベンの一家は再会する。パパとベンはお互いに心からもとにもどりたいと願い無事入れかわる。離婚の危機も、パパが仕事より妻をとることで回避される。
 この奇想天外な入れかわり劇は愉快に笑っておしまいかというと、そうではない。パパとベンの気持ちが通じ合うようになるのだ。ベンにとってやり手のパパは神さまみたいで、キャンプもパパに気に入られようとして申しこんだのだ。パパにとってベンはいい子すぎてなにを話していいかわからない。体が入れかわっているうちに、ベンはパパも自分と同じ、傷つきやすい心の持ち主だということに気づき、パパと打ちとける。また、むかしにもどったパパが、これから先のつらい三十年と失われた三十年を思って泣く姿には、時の重さが感じられる。
 すばらしく気のきいたニュー・コメディー(パブリッシャーズ・ウィークリー評)を楽しんでみようではないか。(森恵子)
図書新聞 1990年4月28日