パパをむかえに

アーヒム・ブレーガー

神崎巌・中野京子共訳 さ・え・ら書房 1990

           
         
         
         
         
         
         
         
    
 新しい生命の誕生は、家族の一人々々にとって心おどるうれしいできごとだ。またその中で家族が生命の神秘にふれ、素直に人間の愛を感じるときでもある。赤ちゃんの誕生を扱った作品では、赤ちゃんをわくわくしながら待つ幼い女の子の心を描いた岩崎ちひろの『あかちゃんのくるひ』が印象深い。やわらかな色彩もあいまってあたたかい絵本だ。本書はこれにプラスアルファーがつく。
 ニコは幼稚園にかよう男の子で、もうすぐ生まれる妹を心待ちにしている。幼稚園からかえってきて午後のひととき、ニコはママと赤ちゃんの話をする。そして四時、通りのはしまで会社からかえってくるパパをむかえにいく。本書は八章からなるが、その構成がこっている。どの章も、ニコとママの会話、パパをむかえにいくとちゅう、ニコとパパの会話の三つからなっている。読者は、ニコとママの世界、ニコとパパの世界、ニコひとりの冒険の世界の三つの世界をながめられるのだ。章ごとに縦に読むのもいいし、それぞれの世界を横につなげて読むのもいい。
 たとえば縦に「ニコと口ごたえ」を追ってみると、ママが体重計にのっている。つきでたおなかで足もとの針が見えそうもない。ニコは大きなおなかをながめ感心していう、「すごいなあ、赤ちゃんの住んでいる山だ」ニコはママと赤ちゃんをおふろに入れる話をする。
 四時五分。ニコは、ぬいぐるみの練習用の妹を胸ポケットにつっこんで、ゴーカートにとびのる。通りのむこうまでパパをむかえにいくのだ。ニコは双眼鏡をのぞいて、ちょっぴりこわいあの犬が庭にいるかどうか見る。うまいぐあいに犬はいない。庭をこすと、窓から子どもをしかる女の人の声が聞こえる。男の子が口ごたえをする。ニコは、ぬいぐるみの妹を相手に口ごたえの練習をはじめる。「いやだったら、いやだ!」
 パパがかえってくる。ニコはパパと口ごたえごっこをする。ニコとパパはアイスクリーム屋さんにむかう。「赤ちゃんはどんなぐあい?」と、パパがきく。ニコは、ママはもう体重計の針が見えそうもなかったとほうこくする。ニコはパパにおみやげは?ときく。パパは、パパがおみやげさとこたえる。
 横につなげて三つの世界をべつべつに見てみると、ニコとママの世界では、ニコはママからおなかの中で赤ちゃんがあばれる話などをききながら自分が赤ちゃんだったときのことを想像する。また、ニコは、ベビーベットをママといっしょに運んだり、ママのくつのひもをむすんであげたりお手伝いもする。ときには、赤ちゃんのことばかり考えてとニコがふくれることもある。ためいきばかりつくママをニコが笑わせる場面は印象的だ。さすが現代と思ったのは、赤ちゃんが女の子だとわかった超音波検査のことだ。 ニコとパパの世界は、家までのかえりみち、パパの「ママと赤ちゃんはどんなぐあい?」と、ニコの「おみやげは?」についての会話を軸に、ニコの冒険話などが加わる。ニコが考えた赤ちゃんの名前で、パパのきげんがなおる場面は、ほほえましい。
 三つの世界の中で一番楽しいのがニコひとりの世界だ。赤ちゃん中心のニコとママ、ニコとパパの世界とちがい、この世界ではニコが主役。大好きな女の子と友だちになったり、犬に追いかけられたり、ソースのはいったかんをふりまわしたり、マンホールのずっと下のほうにパパの夢の国のニュージーランドを想像したり、好奇心いっぱいの幼児の冒険が展開される。
 作者のアーヒム・ブレーガーは、西ドイツの児童文学作家で『おばあちゃんとあたし』でドイツ児童図書賞を受賞している。赤ちゃんの誕生を待つニコの一家とその生活の中でのニコの冒険を描いた本書は、あたたかい愛となんにでも興味をもつきらきらした幼児の世界を、さりげなく、だが、十二分に味わわせてくれる。二つとも、忙しすぎる現代人が見失いがちな、人間の原点ともいえるものではないだろうか。 (森恵子)
図書新聞 1990年8月11日