マンハッタンの赤ずきんちゃん

C・M・ガイテ作
鈴木千春訳 マガジンハウス刊

           
         
         
         
         
         
         
     
 ニューヨークの郊外に住むサラは、うんと小さいときから一人で本を読むことや、空想の世界に遊ぶことを知っていました。ひところ、サラの憧れの場所は、おばあちゃんの恋人がやっている、マンハッタンの「本の王国」という本屋さんでした。でもサラが一度もそこへ行かないうちに、おばあちゃんは恋人と別れてしまいました。その後もサラはよく母親と、マンハッタンのおばあちゃんを訪ねましたが、母親は決してサラが一人で「危険な」街を歩くのを許してくれませんでした。でも、十歳になったある日、チャンスがやってきました……。
 『マンハッタンの赤ずきんちゃん』は、題名のとおり赤ずきんの物語の枠組を借りて、赤いコートを着たサラが一人で、おばあちゃんの家を目指して森=街に出かけた日のことを描いています。サラは憧れの街で、「甘い狼」という高級ケーキ店を経営しているウルフ氏と、もう一人、不思議な智恵と魅力を持った女性「ミス・ルナティック」に出会うのです。
 昔話というのは、大変強い磁力を持つもので、安易に枠組を借りると引きずられてしまうことが多いのですが、この物語は、登場人物一人一人の個性の魅力で、見事に新たな世界を作り出しています。レシピのことで悩んでいるお金持ちの孤独な「狼」、昔ダンサーだったさばさばしたおばあちゃん、心の中の夢と憧れが現実になる日を待ち続け、世界じゅうすべてのことが知りたい、と言う「赤ずきん」……。そして、恐れを捨てて前進しなさい、人生を愛している者は道に迷わないのよ、と(サラがもっとも聞きたかった言葉を)語りかけてくれるミス・ルナティックは、実は「街」の化身であったことがわかるのです。
 大人向けの作りの本ですが、「外」に憧れるサラの気持ちの鮮やかさと、それぞれに自分の世界を持って人生に取り組みながらも、きちんと子どもに向き合う大人たちの姿は、子ども読者にも広く支持されるだろうと思います。「外」に憧れた女の子の気持ちと経験とを、よりリアルな形で描いたものに、今や準古典的作品と言ってもいい少女マンガ『ホットロード』(紡木たく作/集英社刊)などもあります。一見全く異なる二つの世界ですが、根っこにある、「ここではないどこか」へと向かう子どもの気持ちの切実さは、同じものなのだという気がします。(上村令)

徳間書店「子どもの本だより」1994年9月/10月号 
児童文学この一冊「あこがれの街」
テキストファイル化富田真珠子