マルーラの村の物語

ラフィク・シャミ著


泉千穂子訳 西村書店

           
         
         
         
         
         
         
     
 書名が「マルーラの村の物語」だから、十四の短編の中では、マルーラ村のことがテーマである「タクラ じいちゃんが四百年も戦った話」をまず紹介すべきだろう。 語り手が十五歳のとき死んだおじいちゃんが、何度も夢枕にたって「四百年ずっと戦い続けた」と告げる。おじいちゃんは四百年も生きたわけでなし、武器など家にあったこともない。
 そこで語り手は、マルーラ村のことを調べるうち、マルーラがさまざまな侵略者たちと戦い続けて、決して精神の独立を失わなかったことを知る。
 これはいわば地方伝説だが、老いた狐が巡礼の仲間になって次々仲間をたべていく動物寓話(ぐうわ)や、公平な裁判官が登場する昔話などもあって、しいていえば説話集と呼べるものだろう。
 他人の夢を奪って蓄え、一人ぜいたくな暮らしをする男を、知恵と勇気のある少女ファティマが小気味よく打ち負かす「ファティマ 夢を解放する話」など、大人も子どもも楽しめる。世の女性はみな同じだと三人の男たちが納得する「花男」などは、大人が主な読者になるだろう。
 シリア人でドイツに住むこの作家の紹介する説話には、ヨーロッパや日本のそれとはかなりちがうものがある。最も尊いものを守り抜こうとする強靭な意志と知恵が感じられる。
 訳文もよくこなれていてよい。(神宮輝夫)
産経新聞 1997/