水無し川かげろう草子

鳥海永行
朝日ソノラマ 1987

           
         
         
         
         
         
         
     
 このごろ、伝奇的な題材に暴力とエロスで派手な色をつけただけの本が書店の棚を占領していて、うんざりしていたのだが、この伝奇物金太郎飴現象に活を入れるような幻妖時代伝奇絵巻が登場した。鳥海永行の『水無し川かげろう草子』である。 時は平安朝、比叡山との権力争いに明け暮れる高野山の衰退を背景に、平将門、藤原純友の乱などが描かれているが、物語の核となっているのは、権力に押しつぶされた者たちの怨念である。高野山の僧の心ない仕打ちで母をなくした少年と、藤原氏の陰謀によって太宰府に流された菅原道真の一族の娘の怨念が、さまざまの異形の者となって、時の権力にくらいついていくという構成になっており、どうあがこうが、決して勝者になれない者たちの必死のあがきが生なましく描かれている。
 また、剛毅で一本気な将門、どことなく間が抜けている純友、ホラ吹きの渡辺綱、美しく悪を演出する美青年の酒呑童子などの登場人物たちも、なかなか魅力的だ。 しかし、なによりも強調しておきたいのは、一寸法師、鉢かつぎ、土蜘蛛、俵藤太の百足退治などの伝説が、思いもよらない斬新なイメージでよみがえり、ストーリーと見事にからみあっていく面白さである。 さあ、「日本には本格的なファンタジーがない」などとはもうだれもいえないはずだ。(金原瑞人

朝日新聞 ヤングアダルト招待席1987/08/06