水の伝説

たつみや章

講談社 1995

           
         
         
         
         
         
         
         
    
 現代の子どもたちにとって、“伝説”とか“神話”というのは、テレビゲームでおなじみの世界である。その多くは、古の架空の王国を舞台にしたものなのだが、この作者は、現代の日本を舞台に、神話や伝説的な世界を蘇らせ、人類が築き上げてきた文明の危機的な現状をドラマティックに描き出す。デビュー作の『ぼくの・稲荷山戦記』もそうだったし、二作目の『夜の神話』もそうだった。そしてこの作品も、人間の子どもと伝統社会から浮上した不思議な神々との闘いと奇妙な友情を通して、現代を生きる人々に地球の生態系の危機を鮮やかに印象づけて見せる。
 小学六年生の光太郎は、東京の学校に適応できなくて、山深い小さな村に山村留学する。寄宿先の一ノ関家の同学年の龍雄は、ちょっと乱暴だけどよく面倒を見てくれた。集中豪雨で、龍雄の家が代々育ててきた山林が土砂に流された日、光太郎は増水した川で河童らしい生き物を助け、龍神滝の下の乙女ケ淵で赤い盃を拾った。その夜、光太郎は、原因不明の高熱に襲われる。村の伝説では、その盃は龍神の嫁様に選ばれた印だと言うのだ。村に伝わるお神楽の日、舞台に立った光太郎と龍雄は、河童たちが口から吹き出した水流に巻き込まれて、龍神の世界へ。龍神たちとの対決と、終章に込められた作者の願いが強く心に残る。(野上暁
産経新聞1996年2月23日号